大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和58年(う)24号 判決

本籍

福井市田原二丁目二二〇五番地

住居

同市田原二丁目三番一一号

会社員

天井定美

大正一四年六月二日生

主たる事務所の所在地

福井市淵町第一〇号一番地

法人の名称

福井市農業協同組合

代表者の住居

福井市四十谷町第一三号二三番地の一三

代表者の氏名

柳澤義孝

本籍

福井市岸水町一三号二四番地

住居

同市四十谷町第一三号二三番地の一三

農業(福井市議会議員、福井市農業協同組合組合長)

柳沢こと柳澤義孝

大正七年一二月六日生

右天井定美に対する有印公文書偽造、法人税法違反幇助、福井市農業協同組合に対する法人税法違反、柳澤義孝に対する法人税法違反、有印公文書偽造、偽証教唆各被告事件について、昭和五八年一月一八日福井地方裁判所が言い渡した判決に対し、それぞれの被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官古橋鈞出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人天井定美及び同柳澤義孝に関する各部分をいずれも破棄する。

被告人天井定美を懲役六月、被告人柳澤義孝を懲役一年六月に、各処する。

この裁判の確定した日から、被告人天井定美に対し二年間、被告人柳澤義孝に対し三年間、それぞれ右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用のうち、証人小林正雄(昭和五五年三月六日尋問実施分)及び同倉田靖司に各支給した分はいずれも被告人天井定美の負担とし、証人小林正雄(昭和五六年三月一七日尋問実施分)に支給した分は被告人柳澤義孝の負担とする。

被告人福井市農業協同組合の本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人天井定美につき弁護人大橋茹、同前波実、同佐伯千仭及び被告人天井定美各名義の控訴趣意書並びに弁護人佐伯千仭名義の控訴趣意書訂正の申立を題する書面に、被告人福井市農業協同組合につき弁護人金井和夫名義の控訴趣意書に被告人柳澤義孝につき弁護人大槻龍馬名義の控訴趣意書に、それぞれ記載してあるとおりであり、これらに対する答弁は検察官中野林之助名義の答弁書三通に記載してあるとおりであるから、ここにこれらを引用する。

第一、各控訴趣意に対する当裁判所の判断を示すに先立ち、理解の便宜上、原判決が極めて詳細にわたり認定、説示する本件各犯罪事実とこれに関連する経緯、事情の概要を、右判断するにつき必要な限度で摘記してみると、おおよそ以下のとおりである。

一  被告人福井市農業協同組合(以下この項において単に被告人組合と略記する。)はその本所会館の建設用地(以下、単に「明里土地」と略記する。)を原所有者らから買収し、昭和四八年六月ころには所有権移転登記手続も了したが、そこは手狭であつたため、予定を変更して、右会館を福井市淵町に建設することに決する一方、「明里土地」は会館建設費捻出のためにも、他のこれを売却処分することとし、従来から関係の深かった福井市にその所有権を取得させることを望み、同年一二月ころこれを福井市土地開発公社(以下、単に市公社と略記する。)に売り渡すこととした。

二  そこで被告人組合は、昭和四九年一月に入つて、前記会館建設費を捻出するため、「明里土地」売買代金として、原所有者らからの取得原価とそれまでの諸掛経費に加えて、被告人組合自身の土地売却益として一億円を上積した金額を希望し、市公社の当時の事務局長上田三良と折衝した結果、右売却を一、〇〇〇万円にして欲しいとの同事務局長の希望を受け入れて、売買代金金額については合意に達した。

三  ところが、そのころ被告人組合の理事らは、同組合が営利法人でないことと、「明里土地」を本来の取得目的である本所会館建設に使用しないで転売することとの関係上、被告人組合の組合員でも原所有者らに対し、転売益を挙げたことを公表するのは好ましくないと判断し、併せて転売利益等を法人益金に計上せず、これに課せられる法人税を逋脱することを企図し、そのため「明里土地」売買関係書類を「売買契約書」と「覚書」の二本立てにし、「売買契約書」に掲げられた金額のみを、被告人組合の決算報告書及び納税申告のため公表し、「覚書」に掲げられた分は所得から除外することを決し、右の趣旨に沿う契約締結を市公社との売買契約交渉担当者である被告人組合開発管財課長の天谷甚兵衛に指示するとともに、昭和四九年二月二六日、当日被告人組合の理事であつた被告人柳澤義孝も出席して開催された、被告人組合理事会において、法人税逋脱目的の右二本立て契約につき承認した。

四  かくて右天谷は、被告人組合において、前記二本立て契約の締結方を市公社側の契約交渉担当者であつた上田事務局長に前記趣旨を明らかにして申し込み、上田事務局長は、自分の一存では判断できないからとして一旦市公社に戻つて、常務理事であつた被告人天井定美の指示を仰いだうえ、同被告人から前記趣旨の二本立て要求に応ずるようにとの指示を受けた結果、昭和四九年二月二七日「明里土地」の売買契約が締結され、同日作成された「売買契約書」には、被告人組合が原所有者らから取得した原価を基幹分とする二億三、六五七万円が、「覚書」には、転売利益や諸掛経費に見合う一億四、〇〇〇万円が掲記されるに至つた。

なお、右「売買契約書」及び「覚書」は、いずれも被告人組合の当時の理事長であつた山田等と市公社の当時の理事長で福井市長でもあつた島田博道の各名義で作成されたものである。

五  一方、被告人組合は、予て本所会館を建設する際には建設費の三分の一を補助するよう努力する旨の覚書を前福井市長島田博道から受けており、右覚書に基づく一億円の補助金交付決定を福井市から内示されていたが、前示二本立て契約の締結の少し前の昭和四九年一月二三日、被告人組合の理事坪川均は、他の理事らに計ることなく、組合理事長山田等名義で、本所会館建設補助金として、既に決定済の一億円とは別に更に一億円を交付されたい旨の陳情書を作成して同月二四日福井市長宛提出しておいた。もつとも、右坪川自身は福井市が被告人に対し更に一億円の補助金を交付することなどあり得ないことはよく承知しており、右陳情の真意は、陳情書の字義どおり補助金の増額交付を要望することにあつたのではなく、近近締結されることが確実な「明里土地」売買契約に際し、代金額が被告人組合の要望どおりに有利、高額に決定されるよう、かつ「明里土地」転売益につき脱税目的のための二本立て方式による契約締結に都合のよいよう、側面から働き掛けようとしたものである。

六  その後、前記坪川提出の陳情書は、昭和四九年二月五日ころ福井市でもたれた農林部関係予算に関する市長査定の場で、その取扱が議論されたが、右陳情の補助金交付要求に対する措置は当時すでに締結が予定されていた前記「明里土地」売買契約において被告人組合に転売益を得させることにより処理済になつていると考えていた被告人大井から、この件は「明里土地」代金の中で処理解決済である旨の説明がなされ、当時の福井市長島田博道は右大井説明の趣旨を理解できないままこれを肯認し、右陳情の件は採択されなかつた。もつとも、その当時の福井市長島田博道が昭和四九年三月二四日死亡し、その後を受け継いだ大武幸夫の「市長事務引継ぎ事項」中には「1億円」→「二億円」という記載があつたり、「市長事務引継書のうち農林部農政課の写」中には「市補助一億円と更に農協の土地買収の中で更に一億円すなわち二億円を補助することになる」との記載があり、昭和四九年二月二七日締結の「明里土地」の売買契約後も坪川提出の陳情書に対する措置が懸案として残されていたかのようにも解される資料があるが、これらはいずれもさしたる意味を有するものではない。

七  しかし、昭和四九年三月一日被告人組合の理事長に就任した被告人柳澤は、同月中旬ころ被告人天井らに対し、「明里土地」の売買に関し、その売価が安過ぎたし、農協会館建設費の三分の一補助約束があるのだから、もう一億もらいたい旨、代金の増額方を要請したところ、そのころは福井県において「明里土地」を所有したい希望を有しており、福井市においても同土地の利用が思うにまかせず、これを福井県に譲渡する方針をとつていたので、被告人天井は、「明里土地」を市公社の取得価額より更に一億円高額の代金で福井県に譲渡し、右転売益分をそのまま被告人組合に交付するという形で被告人柳澤の要求に応ずる方針をとり、福井県側担当者と折衝し、多少の曲折を経た後、結局所期の目的を達成し得て、転売利益分に相当する一億円を被告人組合に交付した。

なお、右一億円(以下、原判決に従い「追加一億円」という。)は正体不明の政治的加算金というべきものであつて、それが支払われる旨被告人組合に通知されたのは昭和四九年九月ころであるが、現実に支払がなされたのは、昭和五〇年二月一日であつて、右「追加一億円」の性質からすれば、現金主義に従い被告人組合の昭和五〇年度分の所得に帰属すると解するのが相当である。

八  ところで、被告人組合では、その昭和四九年決算事務処理手続中「明里土地」売買契約書に掲記された売買代金額をもつてしてはその転売に関し約六〇〇万円の処分損を計上せねばならなくなる関係が判明した。そこで「明里土地」売買に関し処分損を計上することになれば、被告人組合の組合員でもある原所有者らに対する関係で理由説明に窮するし、地価騰勢にある折から、税務当局に不審に思われて追及される処もあるところから、「覚書」に掲記された一億四、〇〇〇万円のうち四、〇〇〇万円は「売買契約書」に移して「覚書」に掲記される金額を減じるとともに「売買契約書」にはその分だけ加えた金額に書き直して、「売買契約書」と「覚書」とを偽造したいとする事務担当者たる企画監査課長小寺伝の進言を受けて、被告人柳澤は、それもやむを得ないものと考え、右小寺を介し前記天谷甚兵衛に対し市公社の担当者と折衝して、「売買契約書」と「覚書」とを書き直し、偽装するよう指示した。

九  このようにして指示を受けた天谷甚兵衛は、昭和五〇年一月二五日ころ市公社に前記上田の後任者である岡藤昭男事務局長と後藤成雄総務課長とを訪ねて、前記各有印公文書の偽造への協力方を強く依頼し、これに応じ兼ねた右岡藤らは無下に拒否することもできず、結局被告人天井の指示を仰ぐこととし、三名ともども同被告人の執務室に赴いて、主として天谷において右文書の偽造方と「追加一億円」をも含め「明里土地」転売益に課せられるべき法人税の逋脱方についてもよろしくとの依頼をしたところ、同被告人は右依頼に全面的に応じ、岡藤、後藤に対しすべて被告人組合の要望どおりに事務処理をしてやるよう指示し、かくて被告人天井は原判示「罪となるべき事実」第一並びに第三の一及び二に各判示したとおり有印公文書偽造及び法人税法違反幇助の各所為を実行したものである。

一〇  また、被告人柳澤も、以上のようにして原判決「罪となるべき事実」第一に判示したとおり公文書偽造の所為を実行し、更には被告人組合の代表者として同第二の一及び二に判示したとおり「明里土地」転売益をその当該各帰属年度分の所得からそれぞれ除外するとともに、当該事業年度の売上を除外したり、当該事業年度に属さない経費を不当に計上したりして、いずれも過少な法人税額を申告、納入して法人税を逋脱したものである。

以上が原判決の認定するところである。

第二、被告人天井定美関係の控訴趣意について

一  弁護人大橋茹の控訴趣意第二点(原判示「罪となるべき事実」第三の二の事実に関する理由不備の主張)について

論旨は要するに、原判示の「追加一億円」は「明里土地」の売買代金の一部であることが明らかであるのに、これを、補助金的性格をもち、従つて非課税の所得である政治的加算金であると認定し、しかも右「政治的加算金」を相被告人福井市農業協同組合(以下、単に福井市農協または組合と略記する。)の昭和五〇年度分の課税対象となる益金に計上にすべきであるとした原判決には、その「罪となるべき事実」第三の二に関する理由説明に理由不備の違法があるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、原判決書の判示内容を検討してみると、原判決が「追加一億円」を「明里土地」売買代金の一部であるとする点まで否定し去つたものでないことは、その判文上明らかであつて、ただ福井市農協と市公社間の「明里土地」売買契約は昭和四九年二月二七日締結され、当初約定の売買代金は完済され、所有権移転登記手続も完了して、売買当事者間に法律上の権利義務関係は全く残存しなくなつた後に、組合側からの「明里土地」代金増額要求に応える形で市公社から「追加一億円」が支払われたという経緯事情と、右「追加一億円」の所得の帰属する年度が昭和五〇年度である所以を説明するための便宜上、これが政治的加算金の性質を有するとの表現を使用したに過ぎないと解されるから、原判決には原判示第三の二の事実に関する説示に所論のような理由不備は存在しない。論旨は理由がない。

二  弁護人大橋茹の控訴趣意第六点、弁護人佐伯千仭の控訴趣意第二点及び被告人天井の控訴趣意中、同被告人の検察官に対する各自白調書の記載はいずれも検察官が勝手に作文して書きあげたもので、被告人天井の供述に基づいたものではなく、少なくともその供述が任意になされたものではないと主張する部分について

論旨は要するに、原判決が挙示する被告人天井の検察官に対する自白を内容とする供述調書は、同被告人の取調を担当した検察官が、同被告人の自白に基づくことなく勝手に作文して書きあげた調書に同被告人を強いて署名指印せしめたものであり、仮にそれが同被告人の供述をそのまま録取したものであるとしてもそれは、取調検察官が、もし被告人天井において取調官の意に沿う供述をし続けるならば、いつまででも際限なく拘禁が継続されるものと被告人に思い込ませる取調方法、態度をとり、また、市公社の関係職員らが、自らの刑責を免れようとして、これを挙げて被告人天井に転嫁するためにした内容虚偽の供述を下敷きにし、これを強引に押し付けて無理に述べさせたもので、右調書に録取された自白が任意にされたものでないことは明らかであるのに、原判決は被告人天井の検察官に対する各供述調書の自白が任意にされたものであると認め、これを採証の用に供したのであるから、この点において原判決は刑訴法第三一九条一項の規定する控訴手続に関する法令に違反したもので、右法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、所論の被告人天井の検察官に対する自白を内容とする供述調書及びその作成に至るまでの関係各証拠を総合して検討してみると、所論にもかかわらず、被告天井の検察官に対する自白の各供述調書が同被告人の任意に供述するところに基づいて録取されたものである点に疑わしい事情は見当たらないとした原判決の認定、説示はおおむねこれを肯認することができるのであつて、当審における事実取調の結果をもつてしても右判断は左右されるに至らず、原判決には所論のような訴訟手続き法令違反は認められない。すなわち

被告人天井が本件の被疑事実で勾留されていた当時実際の勾留期間である昭和五一年一一月一一日から同年一二月一日までの期間を越えて更に勾留を継続されるであろうと予測していたことは同被告人が同年一二月五日施行の衆議院議員選挙当日にはなお勾留を継続されているため投票場に出頭して投票することはできないであろうと考えて同年一二月一日福井拘置所内で不在者投票をした事実によつて裏付けられているし、また、捜査官は、市公社事務局長の上田三良やその後任の岡藤昭男及び同総務課長の後藤成雄、更には福井市農協側の天谷甚兵衛らが既にしていた供述のうちの相当部分を基礎にして、被告人天井に対し事案解明のための供述を迫つたであろうことは、推認するに難くないが、被告人天井の取調担当官であつた検事倉田靖司において、被告人天井の自白を得るため直接拷問を加えたり、強制したりしたことのないことは勿論、同検事が所論のように嫌疑事実に沿う事情を明白にしない限り、いつまでも勾留を続けるなどと被告人天井に思わせるような態度をとつたり、被告人の意思を全く無視して右岡藤、後藤等の供述に合致する事実を被告人天井に押し付けて無理矢理に供述せしめたり、更には、被告人天井の供述に基づくことなく、右岡藤らの供述内容に沿うように勝手に書き上げた調書の末尾に、被告人天井をして訳もわからないままに署名指印させたりしたことのないことは、いずれも原審証人倉田靖司の供述によつて明らかであり、これに反する被告人天井の原審及び当審の各供述部分は不合理とも思われる点が散見されて信用できず、従つて、被告人天井が自白後、原判示のような衝撃的態度を示しつつ「許して下さい」という言葉を「心から湧き出た」ものとして口にしたかどうかという点は別としても、被告人天井の自白の任意性に疑いを挟むような事情をなんら認められないとした原判決の認定、説示は大綱において肯認することができ、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反は存しない。論旨は理由がない。

三  弁護人大橋茹の控訴趣意第一点の五の(1)ないし(9)、第三点、第五点、弁護人前波実の控訴趣意第二、第三、第四、及び弁護人佐伯千仭の控訴趣意第一点の三並びに被告人天井の控訴趣意中、「追加一億円」の性質について指摘する部分(「追加一億円」は原判示昭和四九年一月二三日付坪川均が作成した山田等名義の陳情書と全く無関係に市公社から福井市農協に交付されたと認定した原判決に対する事実誤認の主張及びこれに関連する事情についての原判決の認定に対する事実誤認の主張)について

論旨は要するに、「追加一億円」は、坪川均が昭和四九年一月二三日付で福井市農協の当時の組合長山田等名義で作成し、福井市長宛提出した右農協の本所会館建設資金として従前内示済の補助金一億円分のほかに一億円を助成されたい旨の陳情書の内容を受けて、当時の福井市長島田博道の意思決定に従い、被告人天井においてその要望を沿うべく努力し、右要望にかかる一億円を補助金として交付することはできなかつたものの、「明里土地」を組合から福井県に売り渡すことの斡旋業務の経緯中で福井県から「明里土地」売買代金の一部として支出させることに成功したものであつて、そのことは右坪川提出の陳情書に対する福井市当局者の取扱の経緯、特に「明里土地」売買契約後に作成された福井市長事務交替に伴う事務引継メモ等福井市役所で保管している公文書の記載や、福井県による「明里土地」買収の経緯事情から疑いを容れる余地のない事実であると認められるのに、原判決は、右確実な、事実に反し、坪川提出の陳情書と「追加一億円」とは全く関係なく、市公社は「明里土地」を福井市農協から買い受けたうえ、これを福井県に売り渡した全く独立の売買の主体で、なんら斡旋業務を行つたものではなく、「追加一億円」は正体不明の政治的加算金であるなどと事実を甚だしく誤つて認定し、果ては、本件が問題として取り上げられた後の昭和五一年七月二八日ころ、被告人天井が組合理事の坂本秀之や坪川均に対し「追加一億円」は坪川提出の陳情書に基づき前市長島田博道の指示で交付することになつたものなのであるから、組合の理事らの側でも最初からそのことは認識していたように意思統一しておいてほしい旨依頼し、証拠隠滅工作をしたなど虚構の事実を認定した。原判決が誤り認定した右事実は原判示第一及び三の一、二の各犯罪事実の基礎構造的前提事実となつているので、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、市公社が福井市農協から「明里土地」を買い受けた後これを福井県開発公社に売り渡した独立の契約当事者であり、権利主体であつて、その行為を斡旋業務と目すべきものでないことは、原判決挙示の関係各証拠によつて認められる右売買契約の交渉経過及びその間に果たした市公社の役割並びに関係当事者間に作成された売買契約書等の書類の記載内容等に徴すれば、所論にもかかわらず、優にこれを肯認することができる。

次に、所論が強く訴える坪川提出の陳情書の趣旨と「追加一億円」との関連について検討するに、原審で取調べられた関係各証拠によれば、同陳情書は、坪川均が福井市農協の他の理事らに相談したり意見を徴するようなことなく、独自の立場から当時の組合長山田等名義で福井市長宛に提出したもので(これに反し提出については役員間で合議した旨の寺岡一夫の原審における供述は信用できない。)、その提出に際しても、福井市当局者に対しては口頭による趣旨の補足説明もせず、他理事らにおいて右提出の事実を認識していなかつたことは勿論、坪川自身も、後に被告人天井から「追加一億円」が組合に支払われる手筈が整つた旨の説明を受けたときには、もはや陳情書提出の事実をも含め「明里土地」に関する追加金要求の件をほとんど失念してしまつていたと認められるのであつて、坪川の陳情書提出の真意が奈辺にあつたのかは、結局理解し難いというほかなく、右陳情書提出の時期や、右陳情書の内容が組合の本所会館建設費用のうち一億円の追加補助を要請するのみでなく高能率稲作団地育成事業費の補助等をも要望しているのに、後者については、市当局内部で取り上げられた形跡が全くないこと、その他原判決の事実認定に沿う原審証人栃川守夫の供述、坪川均及び被告人天井の検察官に対する各供述調書の記載(但し坪川の分は謄本)、更には、被告人天井において「追加一億円」が組合に支払われる運びとなつたことを相被告人柳澤義孝(以下、単に柳澤と略記する。)や坪川均に通知連絡したとき、これが坪川提出の陳情書の要望に応え、補助金に代わるものとして支払われる土地代金の増額分であつて、これにより右一億円増額陳情書に対する処理は終わる旨を明らかにした形跡が認めらないことなどを総合すれば、「追加一億円」支払の経緯事情に関する原判決の事実認定も、強ち実体に沿わないものとして排斥できないものがあるというべきである。

もつとも他面、もし坪川提出の陳情書にかかる本所会館建設費用のうち一億円の追加補助陳情が昭和四九年二月二七日締結の「明里土地」売買契約にかかる代金額の合意によつて完全に解決済みとなる運びであつたとするならば、被告人天井が、市公社側で既に右趣旨を十分了解していた同年二月五日の市長査定に、右陳情問題を上程するのはそれ自体不自然なことであるし、更に、上程された以上、右市長査定の場で右陳情問題は確実に解決される予定であるとして直ちに全員が異議なく了解、確認する等、右の趣旨に沿うなんらかの措置が採られて然るべきであるのに、そのような形跡は全く認められず、これに対処する方針決定が必ずしも明確に定められなかつたこと、所論のとおり島田前市長から大武市長への市長事務引継書類中に、右陳情問題が懸案として残されていることを意味すると解される記載があること及び島田前市長の後任者で市公社理事長をも兼ねる大武幸夫福井市長が、いかに就任後間もない時期であつたとはいえ、原判示のように被告人天井の説明の趣旨を全く理解しないままに一億円もの追加金の組合への支払を認めたという点には少からざる疑いを容れる余地があること等の事情を総合検討してみると、それが島田前市長の方針決定に従つたものかどうかは別として、被告人天井としては、坪川均提出の陳情書の名義が当時の福井市農協の組合長山田等となつていたことから右一億円の追加補助陳情が組合の理事ら全員の統一意思に基づいてなされたものと理解したうえ、右一億円獲得の要望に応えるべく努力し、結局補助金という名目ではないとしても、売買代金の追加増額という形で「追加一億円」の交付に成功したものと認める余地も多分にあるのであつて、しかりとすれば、被告人天井からなされた「追加一億円」の支払経緯に関する組合理事らの事実認識の統一方を要求する原判指示の電話依頼も、必らずしも原判決が説示するような証拠隠滅の意図に出たものとまでは認めがたいというべきである。

しかしながら、たとい「追加一億円」が坪川提出の陳情書の要望に応じて支払わたものであるとしても、関係各証拠によれば、本件において「明里土地」に関し福井市農協が市公社から得た金銭的利益はすべて売買代金以外の何物でもないことは、柳澤も被告人天井も十二分に認識していたことが明らかであるから、組合が右売買代金の一部を、それが帰属する事業年度の益金から殊更に除外して法人所得を減少せしめ、もつて法人税を逋脱するものであることを被告人天井においても認識しつつ、原判決の「罪となるべき事実」第三の一及び二に各判示したような支払調書の提出を故意に怠るなど、逋脱の事実を発見することを困難にするような行為を実行すれば、それが法人税法違反幇助罪を構成することは勿論であるし、原判決の「罪となるべき事実」第一に判示したような所為を敢行すれば、それが公文書偽造罪を構成することもまた明らかであつて、「追加一億円」と坪川提出の陳情書との間の関連が所論のとおりであるとしても、そのことによつて原判示の「罪となるべき事実」第一及び第三の一、二の各罪の成立が拒否されるものではないし、また「追加一億円」が政治的加算金であるとする原判決の用語法は単に説明の便宜上使用されたものであつて、その当否はともかく、「追加一億円」が売買代金の追加払である性質を否定した趣旨のものと解されないことは既に説示したとおりである。

以上の次第で、原判決に所論のような事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

四  弁護人大橋茹の控訴趣意第一点の(10)、(11)、(15)、弁護人前波実の控訴趣意第一及び弁護人佐伯千仭の控訴趣意第一点の二並びに被告人天井の控訴趣意中、「明里土地」の売買契約を二本立てにした趣旨が法人税逋脱の企図によるものであることを否認する部分(「明里土地」二本立て売買契約の意味に関する事実誤認の主張等)について

論旨は要するに、昭和四九年二月二七日福井市農協と市公社との間に締結された「明里土地」売買契約の書類が「土地売買契約書」と「覚書」との二本立ての形式でなされた理由は、組合が「明里土地」を本所会館建設用地に充てることを前提にして、組合員である原所有者から買収しておきながら、これを担当の利益を得て他に転売したということになれば、原所得者らから右転売を不当として強く批判されることが予想されたので、右批判を避けるため、取得価額に近い代金額を「売買契約書」に掲記し、右価額で市公社に譲渡したと原所有者らに説明する便宜を考慮した結果、案出されたものにほかならず、従つて被告人天井が当時組合の法人税逋脱の意図を認識することなどは、到底考えられないことであるのに、右二本立て契約は、福井市農協において「覚書」中に掲記された金額中の転売利益分に課せられる法人税を逋脱しようとして企図されたものであり、被告人天井も夙に右逋脱の意図を認識しながら二本立て契約の締結に応じたとした原判決は、同被告人には法人税逋脱幇助の所為に及ぶことの動機が全くない事情を無視し、信用性の極めて乏しい上田三良の原審における証言や、被告人天井の検察官に対する供述調書等を信用した結果、事実を誤認したもので、右誤つた原判決の事実認定は、原判示の「罪となるべき事実」の第一及び第三の一、二の各事実認定の不可欠の前提事実となつていることから、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば所論にもかかわらず、「明里土地」の売買契約が二本立てでなされたのは、一面福井市農協の組合員でもある「明里土地」原所有者らの感情を考慮した結果採られた措置であるとともに、他面転売利益に課税される法人税を逋脱しようとする企図に出たものであり、被告人天井としても右事情を認識しつつ二本立て契約の締結に応じたとの原判決の事実認定は、優にこれを肯認することができ、当審における事実取調の結果によつても右認定を覆えすに足りない。すなわち

福井市農協の当時の常務理事で右二本立て契約の発案者と目される坂本秀之及びその同調者とみられる常務理事坪川均は、本件売買契約締結に先立つ昭和四九年二月二六日開催の組合理事会において、「明里土地」の転売利益が法人税課税の基礎となる組合の所得に算入されるべきものであることを十分に認識しつつ、他理事からの質問に応えて、「覚書」に掲記される金額には課税されない旨説明し、他の理事全員からその了承を得、その場に非常任の理事として居合わせ、後に組合の理事長となつた柳澤においても、坂本らの右説明の真意を察し、「売買契約書」に掲記される金額以外の「明里土地」売買代金は組合の公表益金に計上しないつもりであることを理解したうえで前記趣旨に従い、「追加一億円」を含む「明里土地」処分益を組合の益金に計上せず、その分の法人税の申告をしなかつたことが証拠上明らかに認められる。なるほど、関係各証拠のなかには、右「覚書」に掲記された代金額が課税の対象になるかどうかが論議された前記組合理事会の開催当時においては右金額と同額の補助金を福井市から交付してもらえるものと見込んでいたとか、又は税務当局が右金額に課税しないと認めてくれれば非課税となると思つていたなどという所論に沿う関係者の供述が散見されないわけではないが、一方、組合側の理事らが右のような本所会館建設のための補助金交付を福井市に真剣に働きかけたり、又は税務当局に右「覚書」に掲記された金額に対しては非課税にしてほしい旨要請のうえ折衝するなどという行動に出た事跡は認められないばかりでなく、昭和四九年度及び昭和五〇年度の各法人税申告に際しては、右がいかなる意味でも補助金でないことを認識していたことは、関係証拠によつて明らかであるから、坂本や坪川、更には柳澤ら組合の理事らが前記理事会の当時から右所論に沿う認識ないし見解を抱いていたものとは到底考えられず、「明里土地」の売買契約が二本立ての書類によつて締結されたのは、一面においては、所論のとおり組合対策に基づくものであつて、当初原判示「作り変え前の覚書」に記載された金額が「明里土地」転売利益額を越える一億四、〇〇〇万円とされたのは、原判示「作り変え前の売買契約書」に組合としての「明里土地」購入原価に見合う金額を掲記し、右組合員らに転売利益はほとんどあげてないように見せかけ、それを超える代金額を同覚書に掲記したことによるものであることが窺われないわけではないけれども、それと同時に、それは他面、「売買契約書」に掲記された以外の、すなわち「覚書」に掲記された金額は、これを益金に計上せず、もつて法人の逋脱を所期したことによるものと認められることもまた、関係各証拠を総合すれば明らかなところであり、従つて、原判決には所論のような事実誤認は認められない。

また、福井市農協の開発管財課長天谷甚兵衛が、昭和四九年一月下旬ころ組合を訪れた市公社事務局長上田三良と「明里土地」売買の事務折衝をし、同人に対しその契約を証する書類を作成するにつきこれを二本立てにして欲しい旨申し入れた際、その依頼を受けた上田事務局長は、直ちにその場で右目的が一面法人税逋脱にあることを知り、自分の一存でこれを応諾することの可否を決しかねたので、他の売買条件は双方の希望するところが全面的に一致したにもかかわらず、一旦市公社に戻つて、被告人天井に対し右のような自己の認識した所見をも説明して契約締結の可否についての指示を仰いだ結果、同被告人から組合の要求に応ずるようにとの指示を受けたので、これに基づき「明里土地」の買受けに、契約書類を二本立てとすることをも含めて応ずる旨の市公社側の意思を組合側に伝えた事実は、上田三良が原審証人として供述、説明し、被告人天井自身も検察官に対する供述調書(昭和五一年一一月二九日付)において、それに沿う自白をしているところであつて、右供述及び自白の内容は「明里土地」売買契約締結の経緯事情の流れによく即応し、自然であるのみならず、もしも二本立て書類による土地売買契約が市公社によつて将来の買収価格の高騰を防ぐという市公社自身の利益のためにもほとんど慣行的に採られている契約締結方式であるとするならば、「明里土地」売買契約締結のための事務折衝に赴いた上田事務局長が、他の売買条件については双方の意向が全く合致したのに、それ自体だけを切り離してみれば単に事務処理の形式にすぎない二本立て方式にいかに対処すべきか判断がつかず、事実上の最高管理者である被告人天井の指示を仰ぐなどというのは甚だしく不自然なことであると解せられ、これらの諸点を考慮しても、右上田供述、被告人天井自白は十分信用することができ、被告人天井は、組合が企てた書類の二本立て方式による法人税逋脱の意図を了知していた上田から、その趣旨の事情説明を受け、自分でも被告人組合の右企図を認識しつつ「明里土地」売買契約締結の応諾方を上田事務所局長に指示したと認めるのが相当であつて、原判決には所論のような事実誤認は認められない。

さらに、所論は、被告人天井に関する原判示犯罪事実すべてにつき、同被告人にはこれらを実行する利益も動機も全然考えられないのであるから、同被告人が「明里土地」売買の二本立て契約成立当時のみならず、右全事実を通じて原判決が判示するように、福井市農協の法人税逋脱の企図を察知しつつ二本立て契約の締結に応ずるべきことを指示したり、更には公文書を偽造し、また組合の法人税逋脱の犯行を幇助する挙などに出る筈がないのに、被告人天井にこれらを指示ないし実行する動機があるとした原判決はこの点においても事実を誤認している、ともいう。

しかしながら、記録により認められ、原判決も正当に認定、説示している福井市農協の福井市政において保有する勢力、影響力や被告人天井の福井市及び市公社内における経歴、地位等を総合、考察してみると、被告人天井において、原判示公文書偽造や法人税逋脱幇助行為がよもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく、一方これによつて「明里土地」を安価に取得することができるとともに、他面これが市政、市行政の将来の円滑な発展に資すると考え、組合の意に迎合して二本立て契約の締結を指示し、更には勢いの赴くところ原判示第一及び第三の一、二の各犯罪を実行するに至るということは十分に理解可能なことであつて、そこに犯行の動機がないなどとはいえず、所論に関連する原判決の事実認定は優に肯認できるのであつて、原判決には所論のような事実誤認は認められない。

論旨は理由がない。

五  弁護人大橋茹の控訴趣意第一点及び第四点のうち、福井市、市公社の組織、内部統制及び業務内容並びに「明里土地」に関連して市公社から福井市農協に支払われた金員がすべて土地代金であつた事実等からみて、被告人天井が原判示第一及び第三の一、二の各犯罪を実行することなどはあり得る筈がなく、この点の原判決の事実誤認を主張する部分について

論旨は要するに、「明里土地」に関し市公社が福井市農協に支払つた金員は、すべて土地代金の性質を有し、また現に、市公社内部においても、被告人天井の了承のもとに、右実態に即し、すべて売買代金の支払いとして会計処理されているが、右のように正規の会計処理をしたのでは、組合側においてその受取金の一部を補助金の交付を受けたように仮装して法人税の逋脱をしようとしても、税務当局の調査により逋脱行為が極めて容易且つ確実に捕捉されてしまうことは火を見るより明らかであるから、もし被告人天井に組合の法人税逋脱行為を幇助しようとの犯意があつたならば、支払金のうちの相当部分は補助金として交付したように仮装して事実を隠蔽する筈であるのに、市公社が「明里土地」に関し支出した支払金額について公然と土地代金であるとして正規の会計処理をしていることは、被告人天井の右犯意のなかつたことの証左であるし、また、福井市長が理事長を兼ねておりかつ二名の監事が置かれて監査業務に当たり、常勤の常務理事も置かれている市公社の内部統制組織及び監査委員が三名もおかれていて毎月必ず監査をしている福井市の内部統制機構にそれぞれ徴すれば、最高管理者である福井市長兼市公社理事長の認識、認容なしに、単なる一吏員である被告人天井が、その責任において原判示第一及び第三の一、二のような犯罪を実行し得る筈もないから、もし右の如き犯罪が行われたものとすれば、その刑責は挙げて福井市長兼市公社理事長の島田博道またはその後任の大武幸夫が負うべき理で、被告人天井はなんらの責任を問われるべき筋合ではないのに、被告人天井が原判示第一及び第三の一、二の犯罪の実行者であると認定してその刑責を被告人天井に負わせた原判決は、事実を誤認したもので、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、「明里土地」に関し市公社から福井市農協に対し支払われた金員が市公社側の会計処理上すべて土地買受代金の支払いとして支出された事実はあるにしても、それだからといつて、事実が露見するかも知れないことに考え及ばなかつた被告人天井が組合の依頼に応じ、「明里土地」買受代金の書面上二分割し、そのうちの覚書分を税務当局に秘匿することに協力し、後にその金額を書き直して偽造し、更にその支払い事実を税務当局に通知しないように指示すること等により、組合の実行する法人税逋脱行為を容易ならしめてその犯行を幇助することがあり得ないなどといえないことは多言を要しないし、また、福井市及び市公社の職制上、所論のように、その内部統制組織がかなり整備されていたであろうことも推認できないわけではないが、そのような事情が被告人天井の原判示各犯罪実行の事実を直ちに否定るすものでないことは、これまた当然のことであり、更に、たとい所論の島田博道または大武幸夫が組合の「明里土地」転売利益に関する法人税逋脱行為実行の企図を認識、認容し、従つて同人らになんらかの当罰的行為があつたと仮定(しかし、証拠上かかる事実は認め難い。)してみても、そのことが被告人天井の刑責の存在を左右するものでないこともまたいうまでもないところである。従つて、原判決に所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

六  弁護人大橋茹の控訴趣意第一点の五の(20)、(23)、弁護人佐伯千仭の控訴趣意第二点、第三点の二、三、第四点及び被告人天井定美の控訴趣意中、原判示の昭和五〇年一月二五日ころ同被告人が天谷甚兵衛から原判示第一及び第三の一、二の実行方を依頼されたことはなく、もとよりそのころ関係職員に対し右所為の実行を指示したことがない旨の主張部分について

論旨は大要以下のとおりである。すなわち、昭和五〇年一月二五日ころ福井市農協の開発管財課長の天谷甚兵衛が市公社事務局長の岡藤昭男及び同総務課長の後藤成雄に伴われて被告人天井を訪ねた際の同被告人に対する依頼の趣意は、組合の都合により「明里土地」売買契約の原判示「作り変え前の覚書」に掲記されている金額のうちの四、〇〇〇万円につきこれが埋立補償費であることを明瞭にしてほしいというに過ぎないものであつて、有印公文書の偽造や法人税逋脱の協力方を依頼する趣旨では全然なかつたし、また、当時「明里土地」についての売買関係事務の掌理責任者は市公社の筑田常務理事であつて、被告人天井は職制上これに関与すべき立場になつたばかりでなく、前記天谷が訪ねてきた際には、福井市の財政部長の地位にあつて予算編成事務に忙殺されているなかで、天谷から右四、〇〇〇万円が埋立補償費であることをなんらかの方法で明確にしてほしい旨の依頼を受けたので、検討のうえ右依頼が適法且つ妥当に受け容れられる性質のものであるならば、稟議、決済等、職制上必要な手続きを経て要求に応ずるようにしてはどうかと助言をする趣旨で、岡藤、後藤に「できるならそうしてあげなさい。」といつた意味のことを述べたたげで、四、〇〇〇万円が埋立補償費であることを明らかにするための手段方法などについては当時全く念頭になく、具体的にどのような方法をとるかは岡藤らに任せていたものである。なお、その後被告人天井が、後藤市公社総務課長から原判示のとおり「作り変え後の売買契約書」に掲記された金額のみが記載された税務当局提出用の支払調書の決裁、承認を求められ、結果的にその承認欄に押印した事実はあるが、それは当時被告人天井の執行事務が余りに多端であつたため、右支払調書中の金額的内容までの検討はせずに、いわば盲判を押してしまつたもので、決裁事務処理に際しての注意をゆるがせにしたという批難であれば甘受せざるを得ないものの、決裁印を押捺しただけで法人税逋脱幇助の刑責を問わるなどということはありえない。しかるに、原判示事実に相応する岡藤昭男、後藤成雄の原審における各供述や右岡藤の捜査官に対する各供述調書は、いずれも自らに対する訴追を免れるため一切の責任を無実の被告人天井に帰せしめようとし、自分らの行為がすべて同被告人の指示、命令に基づいて行われた旨虚構の事実を述べるもので、その時の都合によつて変転し、相互に矛盾して到底信用に価するものではないし、原判示事実に沿う天谷甚兵衛の検察官に対する各供述調書も、これと相反する内容を一部にもつ同人に検察官に対する供述調書の存在することを徴すれば、到底これに信をおきがたく、また被告人天井の自白が録取された検察官に対する供述調書も、それが作成された経緯、すなわち、右各自白調書は、それまで合理性のある弁解をして被疑事実を否認し続けてきた被告人天井が、理由もないのに突然態度を一変して自白に転じた結果作成された不自然なものであることを考えただけでも、これまた到底信用できないといわざるをえず、これら信用に価しない証拠のみに無批判に依拠して原判示第一及び第三の一、二の各事実を認定した原判決は、事実を誤認したもので、右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、ということに帰する。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、所論にもかかわらず、原判示第一及び第三の一の各事実はいずれも優にこれを肯認することができる。すなわち、原判示「明里土地」の二本立て方式による売買契約締結時から、組合の昭和四九年度決算前における原判示「作り変え前の売買契約書」及び「覚書」による会計処理では「明里土地」に関し六〇〇万円余りの処分損を計上せざるを得なくなることが判明するまでの経緯及びその後の、原判決が正当に認定した福井市農協側における文書の書換方針に関する事情をも、あわせ考察すれば、柳澤の意を体した原判示組合企画監査課長の小寺伝から市公社側と二本立て書面の交換交渉方の指示を受け、これに応じてその衝に当たつた天谷甚兵衛が市公社に赴き、岡藤事務局長らに申出た依頼の内容が、単に「作り変え前の覚書」に掲記された金額中四、〇〇〇万円は埋立補償費であるとの虚構の事実をなんらかの方法によつて、明らかにしてほしいという、組合にとつて殆んど意味もなく、またそれのみならば組合側だけでも、比較的容易にできる事項であつたなどとは考えられず、組合の組合員らに対する組合総会の場等での説明の便宜に資するとともに、それに符合する書類を作成することによつて法人税逋脱の目的を確実に達成させるため、右「契約書」と「覚書」の両書面の各金額を変更したうえ、全く新しい書面に書き改め、偽造してほしいとの趣旨にほかならないと認められ、またかかる違法、不当な依頼であつたからこそ岡藤市公社事務局長らは容易に右申出に応ぜず、一旦はこれを拒絶したものの、もつと上部の人に取り次いでほしい旨天谷から再度の依頼を受けて、やむを得ず、当時極めて公務多端であつた被告人天井の許に天谷を案内したものと考えるほかなく、更に、かようにして被告人天井の許に案内された天谷が、岡藤らにした依頼の趣旨と異なり、所論のように四、〇〇〇万円が埋立補償費であることをなにかの方法で明らかにしてほしいなどと依頼するにとどめる筈もないし、被告人天井にしても、以上のような状況下で岡藤らが天谷を態態自分の許に連れてきてその要請を直接伝えさせたのは、単に漠然たる助言を求めるためでないこと位は分つていたと思われるのに、これに対して、それが可能なことかどうか考えて、可能なことであるならば市公社内部の職制、機構に従い、稟議、決裁の手続をとつたらよいなどと、これまた依頼に対する応答としてほとんど意味をなさないことを、単なる助言として岡藤らに述べただけであるとは到底考えられないところである。なるほど被告人天井は当時福井市財政部長であつて、市公社の理事を兼ねてはいたものの、市公社の形式的な職制組織上は筑田常務理事が「明里土地」売買問題を処理する責任者の地位にあつたかのようであるが、同理事には事務処理能力が十分でないとの内部の評価があり、しかも同人は当時病気勝ちで実務の処理を被告人天井に委かせようとする態度をとつており、その一方で、被告人天井は、それまで関係してきた実績からいつても、市公社内部で「明里土地」関係の問題についての最高の事務責任者と目されていた事実が認められるから、岡藤公社事務局長らが天谷の依頼を受けて対応に苦慮し、被告人天井にこれに対する処理の指示を仰ぎに赴いたことはなんら不自然ではないし、また、その際、組合側の内部事情、特に「明里土地」売買の二本立て書面による契約の趣旨を当初の交渉経緯から知る天谷が、被告人天井に税金のこともよろしくと法人税逋脱に対する協力依頼(すなわち、作り変え後の覚書に掲記される金額については税務当局に秘匿するので、市公社側もこれに即応した措置をとつてほしい旨の依頼)をすることもまた事態が推移してゆく一連の経過として筋が通っていると認めることができる。そして、天谷甚兵衛及び後藤成雄の原審各証言によると、後藤が岡藤昭男や天谷と共に被告人天井の許から退出した直後、四、〇〇〇万円分は支払調書を追加して税務署に提出しておく旨述べ、これに対し天谷が右申出をごく自然に受け取つたことが認められ、このような事情はよく、前叙認定の経過ともに符合しているのであつて、所論が挙げる被告人天井の自白を内容とする供述調書の記載内容は、右客観的に認定できる諸事情とよく相即していて十分信用に価するものといえるばかりでなく、岡藤昭男、後藤成雄の原審各証言や右岡藤及び天谷甚兵衛の検察官に対する各供述調書に録取された供述内容によつてもよく裏付けられており、しかもそれは「明里土地」売買契約締結からの決算整理の過程で同土地に関し計算上処分損が出ることを発見するに至るまでの事情にも付節を合わせた合理的な供述内容であることが認められるとともに、かように高い信用性をそなえた同被告人の供述調書中の右供述部分と対比しても、右岡藤、後藤、天谷の三名が全員一致して保身をはかり、虚構の事実を述べて、すべての責任を被告人天井になすりつけ、所論のいう暖簾証言をして衆口金をとかしたなどとは到底考えられないところであつて、税金のことは依頼したことはないかのように述べる天谷甚兵衛の原審における証言部分は右認定、説示に反する限度では、不自然で信用できず、その他、被告人天井の各弁護人及び同被告人自身がそれぞれの控訴趣意書中で縷説するところを仔細に検討してみても、右原審の事実認定を左右するような事情は認めるに由なく、原判決挙示の関係各証拠により原判示第一及び第三の一の各事実を認定した原判決の事実認定は十分肯認することができるのであつて、当審における事実取調べの結果によつても、これを覆えすことはできず、結局、原判決に所論のような事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

しかしながら、天谷甚兵衛が「追加一億円」についてまでも被告人天井に法人税逋脱についての協力方を依頼し、同被告人がこれに応じてそれに沿う所為に及んだとの原判決の認定には、次のとおり少なからざる疑問を挟む余地があるといわざるをえない。すなわち

1  関係証拠によると、原判示のとおり「追加一億円」が市公社から福井市農協に支払われる運びとなつたことを被告人天井が柳澤に通知したのは、昭和四九年九月ころであり、柳澤ら組合理事において、近く入金する筈の「追加一億円」を市公社名義の別段預金を秘匿し、その利息で原判示永田の和解金の穴埋めをし、「追加一億円」裏金として公表所得から除外することを謀議したのは、同年一二月初旬のことである一方、「追加一億円」が現実に入金となったのは昭和五〇年二月一日であるところ、前記小寺傅が「明里土地」売買に関し原判示「作り変え前の売買契約書」と「覚書」を書き換えなければ計算上処分損を計上せざるを得なくなることを発見して会計上の処理に窮し、柳澤に意見を具申して有印公文書偽造行為が企図されるに至つたのは、「追加一億円」が現実に入金されるより以前の同年一月下旬ころのことであると認められ、以上の事実経過からしても、その際組合側で検討されたのは右有印公文書偽造行為の偽造の目的である「作り変え後の覚書」に掲記される一億円についての法人税逋脱の点のみであつて、柳澤は勿論小寺においても、当時市公社から「追加一億円」に関し支払調書が所轄税務署長に提出されることまでは念頭になかつたと認めるのが相当であり、そのため、右小寺から天谷甚兵衛に対してなされた指示も市公社側と折衝して原判示「作り変え前の売買契約書」と「覚書」とを書き直すことと「作り変え後の覚書」に掲記される一億円についての法人税逋脱に協力を要請するというにとどまり、それ以上に「追加一億円」について支払調書を提出しないよう頼んで欲しいとまで指示された証跡はなく、原判決もまた小寺から天谷に対して右支払調書不提出依頼をなすべき旨の意が伝達されたことは全くこれを認めていないのである。

2  ところで、天谷甚兵衛は、検察官に対する供述書(昭和五一年一一月二八日付謄本)において、昭和四九年一二月ころ坪川均から、市公社より追加金一億円が入るのでこれで永田の和解金を捻出する方針である旨聞き知ったころ及び右坪川からの話から組合としては「追加一億円」についても法人税を逋脱するつもりであることを推察した旨を述べるけれども、右供述はいずれもかなり漠然とした内容のものであつて、坪川の話にしてもいかなる機会に、いかなる趣旨で話をしたのか明らかではないし、天谷としては、柳澤はじめ組合の最高責任者らが「追加一億円」についていかなる会計処理をしようとしているか具体的には知るに由なかつた筈であり、天谷は幹部職員であつたとはいえ、組合の一課長に過ぎず、より上位者の決定、指示するところに従つて業務を執行するのみの立場にあつたのであるから、上位者から、「追加一億円」の会計処理方法はもとより、市公社側に対しこれが法人税逋脱に関するなんらかの協力依頼をするについて具体的説明も受けず、また自らの意見を上部に具申してこれに対する指示も受けることなく、単なる推測に基づいて被告人天井に対し支払調書の不提出協力方を独自に依頼するようなことは考えられないのであつて、右のような客観的事情に徴すると、被告人天井に対し「追加一億円」に関し支払調書の不提出を依頼したことはないのに、検察官に対し右依頼をした旨述べたのは、検察官から執拗に同じことを繰り返し追及された余り、そう言われれば右依頼をしたことがあるような気がしてきて肯定してしまつた旨述べる天谷の原審証言は、相当に合理性の高いものであつて、強ち在廷している被告人天井に対する遠慮から事実を歪めたものとして排斥することもできないというべきである。

3  そこで、「追加一億円」の所得秘匿についての天谷から被告人天井に対する依頼事実に関する当の天谷甚兵衛の供述書のほか、他の関係証拠を更に仔細に検討してみると、まず、天谷は、検察官に対し、当初のころは「売買契約書」及び「覚書」の書換依頼の事実のみを供述していたが、(昭和五一年一一月一二日供述調書抄本)、次いで新に「売買契約書」の中に加えられることになる四、〇〇〇万円分については支払調書を追加提出しておいてほしいとの意味である税金のこともお願いしますと頼んだ旨供述を進め(同月二七日付供述調書謄本)更に、被告人天井に依頼のため述べた言葉は、税金のこともお願いしますというに過ぎなかつたが、それは「追加一億円」についても所得を表に出さなようにしてほしいとの趣旨であつたと述べる(同月二八日付供述調書謄本)に至つたのであるが、事柄を客観的状況に照らし考察してみても明らかなとおり、懸命になつて文書の偽造方の依頼をしているときに発した税金のこともお願いしますと云う言葉の意味は、通常、右書換依頼をしている文書に関連する税金をよろしく、との趣旨であると解するのがと相当であつて、このことは一面、右二八日付供述調書に録取された供述内容が自己の意思に沿わないものになつた旨の前記天谷の原審証言を裏付けているとも解され、また岡藤昭男も検察官に対し、天谷が偽造後の「覚書」に掲げる一億円の所得秘匿の協力方を被告人天井に依頼した事実は明確に供述する(昭和五一年一一月一四日付供述調書)一方、話が「追加一億円」の点になると、多分これも併せて頼んだと思うが、税金のことを頼むとか、一億円と後の一億円を裏で処理したいとか言つたかどうか憶えていないし、その後、追加分について農協から支払調書の不提出を頼んできたことはないので、この時に依頼したと思うといつた趣旨の供述をする(同月二八日付供述調書)にとどまり、原審における同人の証言でも、「追加一億円」分の課税に関する依頼のあつた事実のみは、遂にこれを肯定するに至らなかつた。更に、天谷が、被告人天井に対し本件の文書偽造を依頼した前記昭和五〇年一月二五日ころの数日前に、同様の依頼を目的として市公社に赴いた際、市公社総務課長の後藤成雄と同席した総務係長の岡崎博臣も、原審において、その際、天谷が文書の書換と偽造後の覚書に掲げる一億円についての支払調書の不提出方を依頼しに来たことは明確にこれを認めたものの、「追加一億円」に関しては、右後藤がそれも併せて依頼していたというているのならそうかなと思うなどと、甚だ曖昧な証言に終始している。以上の各供述に対し、右後藤成雄のみがこの点に関し原審において「追加一億円」をも含めて脱税協力方の依頼があつたかのように述べる証言をしているのであるが、その供述のなかで後藤は、当初「税務署までの話は出なかつたと思います。」と述べながら、その後検察官からの強い誘導的尋問に会つて、結局「追加一億円」に関する依頼事実を認めるかのように供述を変えているものの、その供述を検討すると、果たして同人が「追加一億円」に対する分と「覚書」の一億円のそれとの区分を明確に意識したうえで答えているのか必ずしも判然としないし、更にその後の証言についてみても、右の点に確信をもつて供述していると認めるにはいささか躊躇を感ずるばかりでなく、他の関係人らの証言や客観的状況とも対比して考察してゆくと、天谷が被告人天井に「追加一億円」についても脱税を依頼していたとする後藤の供述内容の真実性にはなお疑問が残るといわざるをえない。

4  ところで、被告人天井は、本件各事実について昭和五一年一一月二四日付検察官に対する供述調書を始めとして、それ以後の捜査段階においては全面的に自白し(同月二六日付、同月二七日付、同月二九日付、同月三〇日付各検察官に対する各供述調書)、しかも右各自白については、前説示のとおり任意性についてまで疑いを挟むべき事情は認められないので、被告人天井が原判示第三の二の所為をも含めて本件の各罪を実行したのではないかとも考えられないわけではない。

しかしながら、関係各証拠を総合してみると、被告人天井は、昭和五〇年一月下旬から文書の書換、偽造方等の依頼を受けた際、それがどれほど重大な意味をもつ行為であるかに思いを致すことなく、極めて軽軽にいわゆる天谷依頼に応じ、その要求どおりの事務処理をすべきことを岡藤らに指示した後は、「明里土地」問題が公に論じられるようになるまで、右事実をほとんど失念し、念頭になかったことが優に窮いうるのであり、従つて、二年近くを経過した昭和五一年一一月の時点において、天谷依頼の趣旨を細部に至るまで確実に記憶し続けていたかどうかは相当に疑わしく、しかも所論のとおり、同被告人は昭和五一年一一月二四日に至りそれまでの徹底した否認の態度を一転させて全面的に事実を自白するようになつたもので、その間の転機の原因については当審における事実取調の結果を参酌してみても、なお、その真相を明らかになし得なかつたのであるが、いずれにせよ、同被告人が自白することに方針を転換させた際、天谷から文書書換のほか、税金のことも、依頼された記憶があつたことから、勢いの赴くところ、検察官の追及に従つて、軽率にも「追加一億円」分についてまで依頼があつたように思い込み、原判示第三の二の事実の自白までも安易にしてしまつたと推認しうる余地が多分にあるのであつて、右の点に関する被告人天井の自白部分もまたそれをそのまま信用するわけにはゆかないというべきである。

以上考察してきたとおり、叙上説示の客観的な諸事実に加えて、「追加一億円」は、市公社と組合との間ではなんらの証書なくして支払われているといつた方法等においても、先に二本立て方式によつて支払われた「覚書」中の一億円とは趣を異にしていること及び原判示第三の二の「追加一億円」に対する法人税逋脱の幇助行為とみられる、右一億円を除外した支払調書が税務署に提出されたのは、右のいわゆる天谷依頼から一年以上も経過した後である等の事情をもあわせ考えれば、前掲の被告人の検察官に対する供述調書及び後藤成雄の証言をもつてしても、なお昭和五〇年一月下旬天谷がした所得の秘匿への協力依頼は、偽造後の「覚書」に掲記されるべき一億円のみについてであり、被告人天井はその依頼に応諾したもので、「追加一億円」の支払調書が現実に税務署に提出されなかつたのは、岡藤、後藤ら市公社事務担当者らが天井指示の意を拡張推測して事務処理をしたためではなかつたかとの疑いを容れる余地は依然として残されており、「明里土地」についていわゆる脱税を企図して謀られた二本立て方式に協力した被告人天井が天谷から脱税のことをよろしくと頼まれた事実のあることを考慮に入れても、被告人天井が「追加一億円」に対してまで法人税逋脱について天谷の依頼に応じ、市公社職員にたいしその趣旨に沿う支払調書不提出の指示をしたと断定するには、なお合理的な疑いを払拭しきれないものがあると結論に到達せざるをえない。

そうすると、被告人天井が原判示第三の二の所為に及んだのではないかとの疑いは残らないではないが、この点については合理的な疑いを容れない程度に証明があるということはできず、結局本件公訴事実中右の事実は犯罪の証明がないことに帰着し、したがつて、原判示第三の二の事実までも認定した原判決は事実を誤認したもので、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるうえ、原判決は右の所為を原判示第三の一の所為と観念的競合の関係にあり、これと原判示第一の所為を併合罪として被告人天井に一個の懲役刑を科したものであるから、結局原判決中被告人天井に関する部分は全部破棄を免れない。論旨は右限度において理由がある。

第三、被告人柳澤義孝関係の控訴趣意について

一、弁護人の控訴趣意中、趣意書二に記載された各主張について

論旨は要するに、被告人柳澤に関連する事実は、その端緒として、福井県議会の牧野副議長が江守の里などと称せられる土地の売買に関し犯罪行為ないし不当な行為に及んで利得したのではないかとの疑いをかけられ、捜査が開始されようとし、また世論の批評を浴びそうになるや、「明里土地」に関して不正行為があると喧伝することによつて、捜査、世論の鉾先を他に転じようと画策したことから始まつたもので、捜査官は、なんの根拠もないのに、「明里土地」の「追加一億円」は政治的加算金であつて、それが裏で福井県知事中川平太夫の選挙資金に使用されたものと見込んだうえ、当時、いわゆるロッキード事件をはじめ各地で、県知事と農業協同組合との癒着による汚職事件が検察官により摘発されていたこともあつて、福井地方検察庁においても検察官が功名心に駆られた結果、右のような見込に基づいて福井県知事と農業協同組合との癒着による違法行為があるとして捜査し、被告人柳澤を狙い打ちし、同被告人の供述を無理矢理に右見込の枠に嵌め込もうとしたため、事実の全体像を歪め、右歪曲された捜査結果を裁判所がそのまま引き継ぐといつた形で原判示「罪となるべき事実」の第一及び第二の一、二の各事実を認定したため、裁判所も事実を誤認するに至つたもので、右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのであつて、その具体的内容の大綱は以下のとおりである。すなわち、相被告人福井市農業協同組合(以下単に福井市農協または組合と略記する。)から「明里土地」を買つた買主は、市公社ではなく、福井市であり、市公社は買主である福井市の代理人に過ぎなかったと解せられるところ、福井市農協の役職員らは、当初、本件の土地代金を市公社から受領しても、昭和四九年事業年度末までには福井市議会において補助金として補正予算が可決されるものと期待し、これによつて非課税所得となるものと考えていた。それに、被告人柳澤は、昭和四九年二月二六日開催の組合理事会に遅参したため、二本立て書類による「明里土地」売買契約案の審議には与かつておらず、従つて法人税逋脱の共謀には全く関係なく、仮に百歩を譲つて被告人柳澤が同理事会で法人税逋脱の共謀に参画したとしても、他の共謀理事らが公訴の提起を免れ、被告人柳澤のみが起訴されたことは、検察官が同被告人のみを狙い打ちしたものと解するほかない。坪川均が昭和四九年一月二三日付で作成し、福井市長に提出した原判示の補助金一億円増額陳情書の趣旨は、他の市長事務引継書の記載等の客観的資料と比照検討してみれば、その記載の字義どおり、組合の本所会館建設費用に充てるため、一億円の補助金を従前の補助金に追加して交付されたいとの陳情であることが明らかであり、「明里土地」の県の買受価格は時価に比して相当に低廉であつて、市公社の得た転売益は土地転がし的なものではない。しかるに、原判決は、前記のとおり狙い打ち的追及によつて得られた被告人柳澤の供述を信用して採証し、「明里土地」の買主は市公社であつて、これに関連し福井市から組合に対し本所会館建設のための補助金が従前決定分に加えて交付される見込みなど全くないとし、また、被告人柳澤は前記組合理事会に非常勤理事として出席し、二本立て書面による売買契約締結の方式によることをも含めて法人税逋脱の謀議に参画したとし、更に、前記坪川の陳情書の趣旨について、これを坪川が二本立て契約締結を側面から支援するために独断でした、真意に基づかないものと誤解し、「追加一億円」は土地転がし的、不明瞭な政治的加算金であるなどと甚だしい事実誤認をおかしたものであり、しかも、右の事実は、昭和五一年六月一四日に開催された組合の理事会において、法人税の修正申告をした被告人柳澤が、事態を収拾するため説明した際、これを収録した録音テープによつて裏付けられるなどとし、原判示坪川作成の確認書を証拠隠滅工作によるものと曲解した。更に、組合の法人税逋脱について、第二部上場会社の経営規模にほぼ匹敵する組合の代表者である被告人柳澤としては、末端事務員の個個の行為を一いち監督することは不可能なことであるのに、合法的内部留保の結果である「含み益」の概念を不当に転用したうえ、被告人柳澤の具体的認識を越え、事務職員がその裁量判断でした法人所得の過小計上部分についてまで同被告人が概括的犯意を有していたとして、被告人の刑責の存在を認めた原判決は、明らかに事実を誤認したものである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判示第一及び第二の一、二の各犯罪事実を肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果によつても右認定を覆えすにたりない。すなわち

検察官が功名心に駆られ、偏見に基づく見込捜査によつて被告人柳澤を狙い打ちし、これに所論のような虚偽自白を殊更に強いたとの事情は、本件全証拠によつても到底窺知できないところであるのみならず、「明里土地」売買益に関し法人税を逋脱することを最初に企図した所論の坂本や坪川に対し公訴が提起されていないのに、被告人柳澤のみが訴追されたとの点に関しても、同被告人が昭和四九年三月一日福井市農協の非常勤の組合長理事に就任し、同年七月一日からは常勤の組合長として、名実ともに組合の最高責任者の立場にあり、原判示第一及び第二の一、二の各犯罪に関与し、組合の昭和四九年度、五〇年度分法人税の過少申告をしたものと認定、判断することのできる事情に徴すれば、右各犯罪事実につき被告人柳澤のみが公訴を提起されたとしても、これをもつて同被告人のみを当初から狙い打ちした不合理な差別的捜査、公訴の提起であると断定することはできないし、たとい検察官が捜査の端緒期において所論のような中川福井県知事と被告人組合との癒着に疑惑を抱き、それに基づいて捜査を開始したとしても、捜査を遂げた結果、右疑惑とは別の本件各犯罪事実についての嫌疑を発見し、右嫌疑が十分であるとして本件各公訴を提起することは、なんら差支えなく、それ自体を違法視することができないばかりでなく、右のような経緯があつたからといつて、直ちに本件の捜査が被告人柳澤を狙い打ちにしたもので、狙い打ちされた同被告人の原判示第一及び第二の一、二の事実認定に沿う各検察官調書の供述内容は、すべて虚構で信用できず、これらを採証した原判決の事実認定はすべて誤りであると即断できないことはいうまでもないし、右各検察官調書中の自白に任意性を欠いているとの疑いを挟むべき事情も見当らない。従つて、所論にかかる相被告人天井定美(以下、単に天井と略記する。)の検察官に対する供述調書の信用性は、その個個の具体的内容に即して、関連する他の証拠等とも対比、検討し、事態の客観的全体像をも考慮したうえで、決定すべきものであつて、これがすべて一般的に信用性がないなどとは到底いえない。

ところで関係各証拠によると、「明里土地」売買に関する契約書類がすべて明示的に福井市農協を売主とし、市公社を買主としてそれぞれ表示されていること、市公社側においては右売買に関連する代金は、すべてこれを適法に予算に計上して支出している一方、組合において、「追加一億円」を受け入れ、これが組合の資産となつた事実を隠蔽するためこれを市公社の別段預金に仮託していたこと、「明里土地」売買の事務折衝の一方の当時者は天井の指示を受けた市公社の事務局長であり、組合側でも右事務局長を相手に事務折衝をしていたこと、「覚書」、「契約書」の書換方の依頼も市公社の担当者になされていること等が認められ、これらの各事実にあわせて公有地の拡大の推進に関する法律に基づいて創設された市公社の性格や業務内容等に徴すれば、「明里土地」の買受人が独立の公法人でもある市公社であるとした原判決の認定は正当として是認することができ、「明里土地」所有権の移転登記が組合から市公社を経由することなく福井市に直接なされているのは、市公社と組合との間で交わされた本件の「土地売買契約書」(当庁昭和五八年押第六号の五六、同五九)の第三条但書の規定によつた(公有地の拡大の推進に関する法律によつて規定される市公社の性格及び同法二三条二項、同法施行令八条参照)ものにほかならず、登記が右のようになされているからといつて、前記認定が左右されるものではない。そして、被告人柳澤や原判示坂本、坪川において、「明里土地」売買に関連して市公社から支払を受ける金員のうちの相当部分が組合の昭和四九年事業年度末までに補助金に変更される見込が多分にあるなどと考えていたとは、証拠上到底認められず、また、同人らにおいて、右受領金を適法に補助金の性質に変更して欲しい旨の真剣な依頼や努力を形跡の認められないことは明らかであるし、たとい所論のとおり、坪川が提出した補助金一億円を増額して欲しい旨の陳情書と「追加一億円」との関係及び天井の電話連絡を受けて組合の理事者らが作成した確認書の趣旨に関し説示する原判決の各事実認定のなかで肯認に当たつていない部分があるとしても、原判示各法人税過少申告時において被告人柳澤が「明里土地」売買に関しなんら補助金の交付など受けていないことを認識していた点は疑いのない事実であると認められる以上、右について原判決の説示に適切を欠いた点があつたからといつて、法人税逋脱に関する原判決の認定に影響を及ぼすものではない。また、原判決が「追加一億円」を政治的加算金であると判示した趣旨も天井関係の控訴趣意に対し前記第二の一において説示したとおりであると解されるから、これをもつて不当であるとはいえない。次に、被告人柳澤が昭和四九年二月二六日開催の組合理事会において「明里土地」売買契約を二本立て書類によつて締結することの可否を審議した際その場に出席していたことは、他の関連証拠によつて十分裏付けられているところであるし、組合が法人税の修正申告をした後である昭和五一年六月一日に被告人柳澤が組合の理事会において「明里土地」売買関係及びこれに関する法人税関係についてした説明も、その証明力の程度について慎重な検討、判断を加える必要のあることは当然であるとしても、これを事実認定の証拠資料に使うことが全く許されないという理由はない。

更にまた、原判示の「含み益」または「含み」とは、所論のように減価償却費や各種引当金を法規上許容される限度額まで計上し、これにより法人の経営成績、財政状態を保守主義的に表示し、もつてその財政的基礎の安定を図るという、およそすべての企業体に対して許されている運営方針を意味するものではないのであつて、当期売上の除外及び当期に計上することを許されない経費の当期への計上並びに資産を取得しているのに、その全部または一部を経費として処理すること等、健全な会計原則上も法人税法上も到底許容し得ない手段により、法人所得を過少に算出し、ひいて法人税を違法に過少納入する会計処理をすることは、原判決の詳細な認定説示に徴し明らかであるところ、法人の代表者で名実ともにその最高管理責任者たる者が、法人税の逋脱を企図、実行するに至つた場合の、当該代表者及び当該法人の刑責については、当該代表が自ら直接に加功し、個別的、具体的にその金額の明細までも、認識し、認容した所得金額の過少計上部分のみならず、それを越える部分についても、それぞれの科目に相当額の過少計上がなされていることを認識しつつその補正を指示することなく、部下会計担当者のした処理を認容したうえ、これらをも敢て含めて当該法人の適正に算出された所得であるかのように装い、これを法人税納入の基礎たる法人所得とした場合には、その代表者は、個別的、具体的にはその数額を把握していない、概括的な過少申告納税額についても、その刑責を免れるに由ないものと解すべきであつて、右の法理は当該法人の経営規模や、組織、事務担当職員数の多少等に関係なく一般的に妥当するものと解されるから、上場会社ほどの大きい経営規模をもつ福井農協の代表者の如き場合には、代表者自らが個別的にその金額の点まで確実に把握して認容していた法人所得過少計上額に相当する法人税逋脱額に限つて逋脱犯の刑責を負い、それ以外の部分につき負う筋合はないと主張する所論は、採るをえず、原判示の「概括的犯意」というのも、結局右と同旨の理を説示しているものと解される。従つて、被告人柳澤の法人税逋脱の犯意の外廷がどの範囲にまで及ぶかは個個の勘定科目について具体的に判定すべきもので、所論のような抽象的基準によつて決すべきものではないと解すべきところ、かかる観点にたつて、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判決のこの点に関する判示は、すべてこれを正当として肯認することができるのであつて、その大綱は以下に説示するとおりであり、原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

二、弁護人の控訴趣意中、趣意書三に記載された各主張について

論旨は要するに、原判示の「明里土地」二本立て売買契約締結当時には、福井市農協が福井市から本所会館建設のための補助金の交付を受け得る見込みが相当程度あつたことから、原判示「作り変え前の覚書」に掲記される金額部分については法人税が賦課されることはない旨言明した当時の常任理事の坂本秀之や坪川均ら自身にすら法人税逋脱の犯意がなかつたのであつて、ましてや前記組合の理事会において右坂本、坪川ら常任理事が「私達の責任において右非課税分の解決をする。」と確約したのを信用し、右覚書分については当然合法的な措置がとられることになると信じていた被告人柳澤に原判示第二の一の法人税逋脱罪の犯意を認めることは到底できないし、「明里土地」の登記に関し、いわゆる中間省略によると認められる資料がないのに、市公社が買主となつている同土地が福井市名義に所有権移転登記がなされている理由、不動産取得税の関係で「明里土地」売買契約の早期締結を望んだのはむしろ市公社側ではなかつたのかとの疑問、福井市にあつては、市公社の事務費との関係等による市及び公社側の内部事情から真意を秘し、組合側に対し補助金として支払われるであろうとの期待を持たせるような言動をとり続けてきたのではないかとの疑惑、その他市公社内部における取扱文書の日付の記載、記入の仕方の杜撰、乱脈さ、はたまた組合の開発管財課長天谷甚兵衛が税務当局と相談し、「明里土地」代金の一部につき事業用資産の買い換えによる非課税措置をとつてもらうよう折衝した事実の存否等、以上の各事実の実態が明らかにされなければ、原判示第一及び第二の一の各事実を認定することは極めて危険であり、むしろ右各事実を認定することには、重大な疑問があり、従つて右諸点の解明もせずに右各事実を認定した原判決は審理不尽の結果事実を誤認したものといわざるを得ず、また、原判示第一の各公文書については、当時組合の常任の理事長となつていた被告人柳澤が島田博道の後任者である市公社理事長大武幸夫と交渉し、右両名の名義により、原判示のとおりの内容の「売買契約書」を全く新たに作成することも極めて容易にできたのであるから、同被告人が原判示の公文書偽造罪を実行したりする筈がなく、むしろ本件の公文書偽造行為は、右のような「覚書」、「売買契約書」の新規作成をすれば「明里土地」の不動産取得税等の予想外の負担増を招くことを恐れる市公社側の意向に基づいて、被告人柳澤の全く関知しないところで実行されたものと認めるのが相当であり、そのことは、本件偽造によつては組合側の法人所得は増加し、法人税逋脱目的に背馳さえすることや、原判示偽造文書の押捺に使用された組合理事長山田等名義の印は事務担当職員が勝手に使うことのできる銀行取引用ゴム印であることからも裏付けられるのに、前記のとおり狙い打ちの追及に会つて虚偽の事実を承認せざるをえなかつた被告人柳澤の検察官に対する各供述書や自己の刑責を同被告に転嫁するためその行為がすべて同被告人の指示に基づくものであるなどと供述する小寺傅の検察官に対する供述調書の記載等を信用して、原判示第一及び第二の一の各事実を認定した原判決は、事実を誤認したもので、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、「明里土地」についての原判決二本立て契約が締結されたころには、既に福井市農協の本所会館建設費として福井市から補助金が交付される見込の皆無に近かつたことやそのことを組合理事らが認識していたことは、所論にもかかわらず原判決挙示の証拠によつて十分認定することができるのであつて、もとより組合側では、坪川均が独断で山田等組合長名義の本所会館建設費補助金一億円追加交付陳情書(その真意の極めて把握しにくいことは前示のとおり)を提出したほかは、「追加一億円」を含め受領した「明里土地」代金の一部を補助金に転換してもらうため、真剣に努力した形跡も認められないことからすれば、所論のように補助金の交付を受ける見込があり、それを信じていたという事実を前提として、被告人柳澤や前記坂本、坪川らに法人税逋脱の犯意のあつたことを否定することはできないし、「明里土地」の所有権移転登記が組合から福井市に直接なされている理由は前説示のとおりであつて、そこに所論のような疑問を抱く余地はなく、組合側としては可及的速かに本所会館建設費を捻出する必要に迫られ、他方、同土地を取得する側の都合をも考慮して、契約締結を急いだ事情も合理的なことと認められ、福井市側で所論のように組合側に対し本所会館建設補助金交付に期待をもたせるような言動をとつていた形跡は認められず、組合側でも被告人柳澤を含む理事や幹部職員の間では、本所会館建設補助金が増額交付される見込みのないことを十分認識していたことが明らかであるし、天谷甚兵衛が所論のような事業用資産の買い換えによる非課税措置を税務当局と衝突したような事情などは認められず、そのような経緯があったかに述べる被告人柳澤の原審および当審における各供述は、なんら確実な証拠に基づくことのない単なる憶測であつて、到底信用できず、その他所論のいう市公社内おける取扱文書の日付記入処理の乱脈さ等についての実態を詳細に解明しない限り原判示第一及び第二の一の各事実を認定することはできないとも直ちには言えないなど、原判決に所論のような審理不尽やそれに基づく事実誤認は認められない。更に、所論のように被告人柳澤と島田博道の後任の大武幸夫市公社理事長との名義で新規に「売買契約書」及び「覚書」を作成し直すことは、大武理事長が売買契約をしたとする点において記載内容そのものが虚偽となるのみならず、その作成日付が既に完了した所有権移転登記手続の日時とくい違い、他の関係資料の内容と整合せず、税務当局の査察に備えるという契約書等の書換本来の目的に沿わないことになるし、もとより市公社側から組合に対して原判示第一の有印公文書偽造の申出がなされたような事情は全く認められず、また原判示偽造有印公文書が銀行取引用ゴム印の押捺によつて作成されているからといつて、別段異とするに足りないし、その他、所論の縷説するところに従い、これらを仔細に検討し、あわせて当審における事実取調の結果を考慮に入れてみても、原判決の事実認定を左右するような事情は毫も認められない。論旨は理由がない。

三  弁護人の控訴趣意中、趣意四の1に記載された主張について

論旨は要するに、

1  原判決判示の「争点に関する判断」のうち第三の一の1の共済雑収入五九万三、〇〇〇円は、福井市農協自体が原判示の福井県共済連から支給されたものではなく、同共済連が組合の共済担当職員個人に対する接待交際費として支出したものであり、

2  同第三の一の2の購買手数料三四七万六、八七九円は、福井県から農業近代化資金制度に基づく利子補給を得させる目的で、組合において長年慣行的に実施されてきた経理方法による売上の繰延分で、単に当期売上の一部を翌期に繰延べるだけでなく、前期からの繰延分を当期の売上に計上していたのであるから、法人税逋脱の犯意に基づく会計処理ではなく、

3  同第三の一の3の雑収入中、選挙運動の事後報酬としての清酒購入に使用された一〇〇万円については、被告人柳澤は全く認識を欠いていたから、右部分は犯則所得とは認められず、

4  同第三の一の4の固定資産処分益一億円についても、被告人柳澤のなんら関知しなかったところで、法人税逋脱の犯意を認めるに由ないのに、原判決は前記主張のとおり同被告人が組合理事会に出席して法人税逋脱を図つた決議に加わり、また坪川陳情書の趣旨を曲解しひいては被告人柳澤に固定資産処分益一億円について法人税逋脱の犯意があつたと事実を誤認し、

5  同第三の一の5の育苗センター会計費用については、右費用の具体的処理をどうするかは組合の事務担当課長の権限に委ねられていたものであつて、組合長として部下の責任を一身に引き受けて負う覚悟である虚偽の自白をした被告人柳澤の検察官に対する供述書を採証した原判決は、同被告人の犯意を誤り認めたものであり、

6  同第三の一の7の価格変動準備金繰入分について、原判決は青色申告承認取消益を当期の犯則所得になるものと解したが、青色申告承認の取消をするかどうかは所轄税務署長の裁量処分であることから、税務署長の裁量いかんにより全く同種、同質の過少納税行為を行つても、犯罪になる場合とならない場合とに分かれることになつて甚だしく不公平、不都合であり、右の点からも青色申告承認取消益は法人税逋脱罪の逋脱額の範囲から除外するのが相当であって、原判決はこれを犯則所得とした点において法令適用を誤り、

7(1)  原判決は、「争点に関する判断」のなかの第三の一の4の(二)において、「明里土地」売買による固定資産処分益について公有地の拡大の推進に関する法律六条一項所定の協議が行われていないことを理由に租税特別措置法六五条の四第一項四号所定の所得の特別控除の適用はない旨の説示をしているが、「明里土地」は、都市計画区域内に所在し、昭和四九年二月二七日付売買契約書第一条で市公社か福井県の依頼により物産観光センター等建設のため組合からこれを買い受ける旨取り決められ、同月二八日付文書で同県知事から市公社理事長宛売却依頼がなされている事実に徴すれば、公有地の拡大の推進に関する法律六条一項所定の協議に相当する手続が行われていることが推定されるから、前記の特別控除が当然に認められねばならないのに、これを否定した原判決は、事実を誤認したか、法令の適用を誤ったものであり、

(2)  「明里土地」のうち福井市都市計画西部第一土地区画整理事業換地七〇街区一二番一七六・一九m2及び七一街区二番二二〇・三八m2は、土地区画整理事業の保留地予定地となつていたものを昭和四九年九月二七日組合から福井市に権利譲渡されているので、右二区画については租税特別措置法六五条の三所定の所得の特別控除の対象となるものと考えられるのに、原判決は右の法律事項に関する判断を遺脱しており、

以上の事実誤認、法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決の挙示する関係各証拠によれば、原判決がその「争点に関する判断」の欄の第三の1ないし5及び7に詳細に認定、説示したところは、青色申告承認取消益も犯則所得になると解した点をも含めて、これを十分に肯認することができるのであつて他にこれを覆えすに足りる証拠はなく、控訴趣意が主張する前記1ないし6に対する当裁判所の判断も右認定、説示をもつて足りるものと考える。

次いで同7の(1)の主張については、原判決が「争点に対する判断」欄の第三の一の4の(二)において説示するところに次のとおり付加する。すなわち、全証拠によつても、公有地の拡大の推進に関する法律の定める手続に従い、同法四条の届出又は五条の申出に基づいて六条の協議の行われた形跡が認められない(所論が挙げる昭和四九年二月二九日付売買契約書第一条の規定や同月二八日付売却依頼書の存在をもつてしても、右の協議に相当する手続きが覆践されたとはいえない)ばかりでなく、組合においては、そもそも法人税を逋脱する意図をもつていたことから明らかなとおり、当該法人税の確定申告をするに際し、租税特別措置法六五条の四第二項によつて準用される同法六五条の三第二項に規定する損金算入に関する記載も書類の添付もしないことはもとより、その記載、添付がなかつたことについてやむを得ない事情があることを税務署長が認めることは全く考えられないのであるから、所論土地の譲渡について同法六五条の四第一項の損金算入の規定が適用される余地はないといわなければならない。

また、同7の(2)の主張につき検討するに、所論の七〇街区一二番及び同七一街区二番の土地の組合から福井市への譲渡は、租税特別措置法六五条の三第二項一号が規定し掲げるいずれの場合にも該当しないことは明らかであるのみならず、前記の同法六五条の四の適用に有無につき説示したと同様に、組合が税務署に特別控除を受けたい旨の申告をせず、また申告しなかつたことについて宥怒の事情も存在しない本件においては、同法六五条の三の適用があるとの所論も採用の限りではない。

以上いずれの論旨もすべて理由がない。

四、弁護人の公訴趣意中、趣意書四の2に記載された主張について

論旨は要するに、

1  原判決判示の「争点に関する判断」の第三の二の1の共済雑収入の接待交際費、交際費限度超過額分については、前記三の1において主張したと同様、組合の収入ではなく、福井県共済連が組合の共済担当者に対する直接の接待、交際費として支出したものであるのに、原判決はこれを組合自身の収益と誤認してこれをし益金に計上し、

2  同第三の二の2の購買品供給高についても、前記三の2において主張したと同一の理由により、被告人柳澤の犯意は認められないのに、これを認定した原判決は事実を誤認したものであり、

3  同第三の二の3で認定された購買雑収入は、その振込通知が組合に到達したのが昭和五一年一月中ころで、そのころは既に昭和五〇年度分の決算は大体組み終り、その組替が面倒であつたので、組合の谷中企画管理課長と岡田経理課長とが協議の上、右金額を収益に計上することとし、これを小寺室長と伴参事とに報告したもので、被告人柳澤がこれを認識していたことは到底認められないから、右購買雑収入についてまで、被告人柳澤の法人逋脱の犯意を認めた原判決は、事実を誤認したものであり、

4  同第三の二の4で犯則所得と認定された販売雑収入分も、前記3と全く同一理由、経緯で翌期の収益に繰延べられたもので、これについてまでも被告人柳澤の法人税逋脱の犯意を認めた点において、原判決は事実を誤認し、

5  同第三の二の6で認定された価格変動基準金戻入等については、前記三の6において指摘したと同一の理により、犯罪事実の範囲から除外すべきものであり、

6  同第三の二の7で認定された購買品供給原価は、福井県下の単位各農業協同組合において等しく採用している方法で売上の計上は福井県当局の認可の時点にするとの方針に基いて経理処理したもので、現に原判決の認定したところによつても、昭和四九年度の売上計上漏れの原価(昭和四九年末の棚卸金額)を当期の益金とし、昭和五〇年末の棚卸金額を当期の損金とするとき、むしろ損金額の方が多いのであつて、多年慣行的に採用し実施してきた経理処理によつた右の原判示金額について、被告人柳澤の法人税逋脱の犯意を認めた原判決は事実を認定したものであり、

7  同第三の二の8で認定された育苗会計費用は、育苗会計の特殊性にかんがみ、組合の伴参事、岡田経理課長及び川上営農課長の間で協議、処理され、被告人柳澤は具体的内容の報告を受けていないのであるから、右の書面については、同被告人に法人税逋脱の犯意はない、

8  原判決は昭和五〇年度分事業税認定損を予備的訴因に従い一、五六〇万三、八四〇円と認定したが、組合では昭和五〇年度分の未納事業税として二、三六〇万三、八四〇円の決定をうけて納付済で、右決定の更正期間を徒過したことにより変更することが不可能であるから、昭和五〇年度分の事業税認定損は右納入済金額によるべきであるのに、前記認定の金額によつた原判決は、法人税法三八条一項の規定の適用を誤つたものであり、

以上の各事実誤認、法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決が挙示する関係各証拠を総合すれば、原判決判示の「争点に関する判断」の欄に第三の二の1の共済雑収入、同2および7の購買品供給高、及び購買品供給原価、同3の購買雑収入、同4の販売雑収入、同6の価格変動準備金戻入等及び同8の育苗会計費用に関しそれぞれ原判決が極めて詳細に認定、説示することろは、すべて優にこれを肯認することができ、

他に、これを左右するに足りる証拠はない。

なお、右7の購買品供給原価に関しては、たとい、販売拡大方針等、法人税逋脱の目的以外の意図から、各年継続的に実施したにせよ、殊更に売上を翌期に繰延べ計上することが、法人の会計処理原則上からも、法人税法上も、到底容認できないものであることはいうまでもないのであるから、右手段によつて当期の法人所得を過少に計上した場合には、法人税逋脱罪の刑責がその部分についても及ぶことは当然であり、また、過少申告による法人税逋脱罪は、当該法人税の納期の経過によつて既遂となり、犯意はその時点で完了し、逋脱額も確定し、その後の修正申告等に際しての所得の帰属年度に関する認識の誤りから、ひいて当該事業年度の損金とて計上すべき事業税額を過大に算出してこれを納入したからといつて、右の過多誤納によつて右確定した逋脱金額に変動をきたすことはないと解するのが相当であり、結局、当該事業年度の損金として計上すべき事業税額は、地方税法七二条の二二第一項二号の特別法人に対する標準税率等、関係法規に従つて適正に算出された金額によるべきものであつて、原判決の判示した未納事業税認定損の額は右説示したところに従って正当に算出した額によつているのであるから(なお、ちなみに付言すれば、組合は、昭和四九年度分及び昭和五〇年度分の法人税修正申告に際し、「明里土地」処分益は「追加一億円」をも含めすべて昭和四九年度分の法人所得を構成するものとの解釈をとつたため、昭和五〇年度に納入した地方税額が前掲地方税法の規定により算出されて、所論のとおり、過大になつたことは認められるけれども、その反面、右「追加一億円」は昭和五〇年度の益金中に計上されず、同年度分の所得はそのぶんだけ過少に算出されることとなつた結果、同所得額を基礎として算出され、翌昭和五一年度に納入された組合の事業税は、正当に算出、計上された場合の事業税額に比し、右「追加一億円」の所得の過少計上額に対応する分だけ過少に算出されている筈であり、結局、組合が納入した事業税額は昭和五〇年度分の過多納入額と昭和五一年度分の過少納入額とがほぼ見合って居ることになる理である。)、この点に関し原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りは認められない。

以上、原判決には所論のような事実誤認も法令適用の誤りも存せず、論旨はいずれも理由がない。

五  弁護人の控訴趣意中、趣意書五、に記載された主張について

論旨は要するに、原判決の量刑が重きに過ぎて不当である、というのである。所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決がその「量刑事情」のなかで詳細に掲げている被告人柳澤に関し量刑上考慮すべき諸点を総合考察するときは、同被告人に対する原判決の科刑も必ずしも首肯できないわけではない。しかし、より仔細に検討してみると、本件各犯行の動機、態様及び同被告人の果した役割、とりわけ、本件犯行のうち公文書偽造は脱税目的遂行上採られた手段で、脱税工作の一環とみられるところ、その法人税逋脱の点についても、被告人柳澤が福井市農協の最高責任者として厳しい指弾を受けなければならないことは当然としても、自らの私利、私欲を追及し、私腹を肥したわけではなく、そのうち「明里土地」売買代金に関する脱税は、組合の他の理事らが発案した計画を容認し、助長させたにとどまり、自らが率先して推進に当たつたとまでは認められず、その余の脱税にしても、組合がそれまで実施してきた会計処理を承継したまでの部分が相当にあり、しかもその方法は全般的にみて技巧を凝らした精緻な脱税工作を施すといつた悪質なものではないことなどの被告人にとつて有利に斟酌すべき諸事情のほか、わが国の租税刑罰法規の運用の実情を考慮に入れると、原判決の量刑はいささか重きに過ぎるものと判断される。この点の論旨は理由がある

第四、被告人福井市農業協同組合(以下、単に被告人組合と略記する。)関係の控訴趣意について

一  弁護人の控訴趣意中、趣意書第一の(一)に記載された各主張について

論旨は要するに、原判決判示の「争点に関する判断」のうち第三の一の1で認定された共済雑収入、同2で認定された購買手数料、同3で認定された雑収入、同4で認定された固定資産処分益、同5で認定された育苗センター会計費用、同7で認定された価格変動準備金繰入及び昭和四九年度分固定資産処分益に関し原判決が租税特別措置法六五条の四第一項四号所定の所得の特別控除を認めなかつたこと、以上の諸点につき、相被告人柳澤義孝(以下単に柳澤と略記する)の弁護人の論旨として前記第三の三に記載したと各同旨の主張をし、これに付加して、同第三の一2で認定された購買手数料中には、会計事務担当職員が、決算段階で発見された売上計上洩れ分を翌期の売上に計上すればよいと安易に考えて、当期の売上から除外して繰延べた分や、自動車売上についてローン利用による購入者が所要の手続を履踐してくれなかつたため翌期に繰延を余儀なくされた分もあり、これらは現にいずれも翌期の売上に計上していること、同第三の1の5で認定された育苗センター会計費用については、気象条件等によつてその損益の結果が大きく変動し、極めて不安定な育苗センター会計の特殊な性格に徴し、各年の損益を平均化し、育苗代金の価格を安定させて利用組合員の利益を図るため、被告人組合として「含み」のある会計処理をしたまでで、右処理は当期分の利益を公表決算上絶対的に秘匿してこれに対する法人税の課税を免れようとしたものではなく、翌期以降の利益として計上し、公表処理していたものであるから、右方針による当期所得の過少計上部分は、なんら法人税逋脱罪の範囲に含められるべきものではないこと、そしてまた、法人税逋脱の犯意を認めている柳澤の検察官に対する各供述書の供述内容は、柳澤が理詰で供述を強要する検察官の追及に堪え切れず、行為時においては全然意識していなかったことを述べてしまったものであつて、任意性にも、特信性にも欠けるのに、原判決が無批判にこれを採証した違法等を主張し、これらの事実誤認、法令適用の誤り及び訴訟手続の法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決が掲げる関係各証拠を総合すれば、「含み」に関する所論の点をも含めて原判決の認定、説示するところは、すべてこれを正当として肯認することができるのであつて、これらに関して原判決になんらの事実誤認や法令の解釈、適用の誤り、または訴訟手続の法令違反も認められないことは、既に柳澤の控訴趣意に対する当裁判所の判断において説示したとおりである。

なお、「含み益」という概念は、法規上又は講学上一定の意義を有するものではないが、法規によつて認められる各種引当金等を許容される範囲内でできるだけ多額に設定したり、法人会計の健全性を保ち、その財政的基礎を安固たらしめようとする処理の限度を越えて、売上の繰延や翌期に属すべき経費を当期に計上する等、一般に容認された会計処理方法を逸脱し、法律上も到底許容されない方法で当期所得を過少に算出するものであつて、このような会計処理の許されないこと及び組合が本件でとつた「含み」または「含み益」とは右容認できないものであるとの趣旨の原判決の認定、説示は正当であり、また、記録を精査しても、柳澤の検察官に対する供述調書の任意性に疑いを挟ませるような事情は認められないし、その供述内容も自然で、他の証拠とよく符合していて十分信用できるから、原判決には所論のような事実誤認も、法令の解釈、適用の誤りや訴訟手続の法令違反違反も存しない。論旨は理由がない。

二  弁護人の控訴趣意中、趣意書第一の(二)に記載された各主張について

論旨は要するに、原判決判示の「争点に関する判断」のうち第三の二の1の共済雑収入、同2の購買品供給高、同6の価格変動準備金戻入、同繰入、同7の購買品供給原価及び同8の育苗会計費用につき、前記弁護人の控訴趣意第一の(一)において主張する昭和四九年度分の各対応科目に対する論旨と同一趣旨の主張を、未納事業税認定損の減額に関し、柳澤の控訴趣意四のうち同認定損に関し掲記するところ(前記第三の四の8)と同旨の主張をし、原判決判示の「争点に関する判断」のうち第三の二の3の購買雑収入及び同4の販売雑収入については、いすれも昭和四九年度逋脱罪に関し主張したいわゆる「含み」をもたせる目的で会計処理をしたに過ぎないのであるから、これらを法人税逋脱罪の犯則金額の範囲中に含めるべきではなく、以上の各事実誤認、法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、所論の諸点に関し原判決になんらの事実誤認や、法令の解釈、適用の誤りの認められないことは、柳澤の控訴趣意四の2(前記第三の四)及び被告人組合の控訴趣意第一の(一)(前記第四の一)に対する当裁判所の各説示において示したとおりであり、まだ所論の「含み」などと云う会計処理方法の許されないことも前説示のとおりであつて、論旨はいずれも理由がない。

三  弁護人の控訴趣意中、趣意書第二、に記載された主張について

論旨は要するに、原判決の量刑が重きにすぎて不当である、というのである。

所論にかんかがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、証拠に現れた本件各犯行の罪質、態様、逋脱の金額、その他諸般の情状、特に本件は被告人組合の代表者の柳澤において相被告人天井定美ら市公社の職員まで巻き込んで実行されたものである事情に徴すれば、被告人組合の刑責にも到底軽視することのできないものがあるのであつて、その逋脱額の一部は被告人組合のそれ以前からの会計処理方針を踏襲した結果実行されるに至つたという一面が否定し切れない等、所論のうち肯認し得る被告人組合に有利な諸事情を十分に斟酌しても、なお原判決程度の量刑はまことにやむを得ないところというべきであつて、これが重きに過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

第五、結論

以上の次第であるから、刑訴法三九六条により被告人組合の本件控訴を棄却し、同三九七条一項、三八二条により原判決中被告人天井に関する部分を、同法三九七条第一項、三八一条により原判決中被告人柳澤に関する部分を、それぞれ破棄したうえ、同法四〇〇条但書きにより被告人天井及び同柳澤に対する各被告事件について更に判決する。

被告人天井について

(罪となるべき事実)

原判決が被告人天井に関し認定した「罪となるべき事実」の第一及び第三の一の各事実(ただし、原判決五五頁九行目に「および追加一億円」と、六〇頁六行目から七行目にかけて「と後日支払われることが予定されている一億円」と、同項一一行目から一二行目にかけて「と後に追加支払いされる予定になつている一億円」と、六一頁一〇行目から同頁行末にかけて「なお、自己の福井県への働きかけなどにより市農協に対し早期に支払われる予定であり、かつ、同月二三日の市公社の理事会で補正予算が可決済の追加一億円についても市農協が公表経理に上げないで脱税する意図であることを直ちに察知し得たわけであるが、」それぞれある部分を削除し、同六二頁の六行目、一〇行目及び末行並びに七〇頁の末行に「合計二億円」とそれぞれあるのをいずれも「一億円」と訂正する。)と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)

原判決が「証拠の標目」として被告人天井に関し原判示第一及び第三の一の各事実についてそれぞれ挙示する証拠と同一であるから、これを引用する。

(法令の適用)

原判決が被告人天井に関し判示第一及び第三の一の各事実に対し適用した各法条(第三の一の事実については刑種の選択及び法律上の減軽の規定を含む。)を適用し、以上は刑法四五条前後段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により刑の重い有印公文書偽造罪のうち犯情の最も重い当庁昭和五八年押第七号の五(覚書)にかかる有印公文書偽造罪の刑に法定の加重をし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予することとし、原判示第三の二の事実に対応する公訴事実については犯罪の証明がないが、右事実は原判示第三の一の事実に対応する公訴事実と観念的競合の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪を言渡をせず、なお、原審における訴訟費用のうち証人小林正雄(昭和五五年三月六日実施分)及び同倉田靖司にそれぞれ支給した分は刑訴法一八一条一項本文によりいずも同被告人に負担させることとする。

被告人柳澤について

原判決が被告人柳澤に関し認定した各事実にその適用した各法条(刑種の選択及び併合罪の加重を含む。)を適用して被告人を懲役一年六月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、原審における訴訟費用のうち証人小林正雄(昭和五六年三月一七日実施分)に支給した分は刑訴法一八一条一項本文により同被告人に負担させることとする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉浦龍二郎 裁判官 石川哲男 裁判官 松尾昭一)

昭和五八年(う)第二四号

控訴趣意書

法人税法違反等

被告人 柳澤義孝

右の者に対する頭書被告事件につき、昭和五八年一月一八日、福井地方裁判所が言い渡した判決に対し、控訴を申立てた理由は左記のとおりである。

昭和五八年六月二〇日

被告人弁護士 大槻龍馬

名古屋高等裁判所金沢支部第二部 御中

一、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認ならびに法令の違反があり、かつ刑の量定も著しく重い。

以下その理由を述べる。

二、本件捜査の偏向と原判決の踏襲

1 被告人の柳澤の伝聞するところによれば、本件捜査の端緒は、福井県議会において江守の里、鶯巣、西畑の土地のいわゆる土地転がし問題が追及された際、その矢面に立つた牧野副会長が捜査ならびに興論を他へそらせるため、明里の土地に不正ありと喧伝したことに始まつたとのことである。

鶯巣、西畑の土地は当時の牧野副会長の息子が代表者であつた足羽興業株式会社の所有から一旦チモリ商事に転売し、さらに牧野副会長が代表者であつた株式会社丸忠を経て最終的に福井市土地開発公社がこれを買い取ったという計画的な土地転がしであつて牧野副議長が県議会での追及の矢面に立たされ興論の刮自するところとなり、当然捜査機関が注目するところでもあつたというのである。

ところが、右の鶯巣、西畑や江守の里の土地転がし事件は本件捜査の開始によつて突然に消え去つてしまつたばかりでなく、本件に関しては牧野副議長の検面調書が作成されそれが本件捜査の端緒となつているとのことである。(右検面調書が存在することは被告組合の中山龍夫が原審第二七回公判で証言を終えた後、裁判長より経理処理の詳細について尋ねたいという連絡を受けて出頭した際聞き及んでいる。)

2 右のような経過に鑑みると本件捜査は明らかに一方的な情報によつて予断と偏見を抱き一定の犯罪の構成事実を組み立てたうえで進められたもので個々の証拠を慎重に集めて結論を出そうという方法はとられていない。

言いかえれば演縲的な捜査であつて帰納的な捜査ではなかつたのである。

面して捜査の焦点は、被告人柳澤であり、同被告人から中川平太夫福井県知事へと結びつけようとされた。即ち明里の土地代の追加一億円は被告人柳澤への政治的加算でありこれが裏で中川知事の選挙費用に使われたという推定であり、このことは被告人柳澤が検察官の取調中、検察官の発言内容から十分に察知できたのである。

当時国内ではロッキード事件をはじめ、岐阜県及び福島県において農協と知事との関係による汚職事件が検察官の手によつて摘発されており、福井地検においても競争心、功名心から本件に取組まれたものと推察される。(原審における昭和五二年八月九日付戸田謙弁護人外二名の意見書参照)

3 本件捜査は被告人柳澤を狙い射ちするために、その型枠を決めまずその型枠に被告人柳澤の供述を嵌め込むという手法をとつたものであり、これを如実に示すものは、被告人柳澤の昭和五一年一一月一八日付検面調書であつて、特にその第三項には昭和四九年二月二六日の被告組合の理事会の模様につき大要次のように記載されている。

(一) 坂本副組合長が議案説明にあたり「農協がもうけたと言われては困るので、契約書と覚書の二本にした。契約書には地主に支払つた金額を上げることにし、覚書については費用等にして会館建設の助成金として上げることにした。

(二) 天谷か伴がさらに細かく説明した。契約書の金額は二億三、六〇〇万余、覚書の金額は一億四、〇〇〇万円であつた。

(三) 滝沢理事が一億四、〇〇〇万円については税金がかからんのかと質問したところ坪川か坂本は税金はかからんと答えた。

(四) 私は、この金が正規に県・市・国からきた補助金ではないので課税対象外にはならないものであるとは知っていた。坂本らも同様であると思う。坂本、坪川が税金がかからんといつたのは、覚書を別に作つて税金を払わない意味だと思つた。

決算の時、赤字になれば別で黒字の場合には土地の収益として上げるつもりはないと判断した。

(五) 私を含め、他の理事達も税金は納めるつもりはないという雰囲気であつた。

(六) 四月一日から取得税が高くなるので早く市公社と契約するという議論も出た。

私も税金が上がるので早く契約しなければならないと説明した。

(七) 市公社の一億四、〇〇〇万円は非課税に該当しないことは市会議員になつて間もなく知つた。

前にこの日の理事会に出席しなかつたと言つたのは内容を私の口から言いにくかつたからである。このような弁解をしている検面調書は開示されていない。

4 右検面調書の中核をなす事項としては、

(一) 福井市土地開発公社から非課税所得となる補助金交付はあり得ない。

(二) 本件土地売買は、被告組合から福井市に対して売却されたのではなく福井市土地開発公社に売却されたもので、常務役員が契約書と覚書の二本立てにしたのはその時点において補助金を名目とした法人税逋脱の手段に外ならない。

(三) 被告人柳澤は、昭和四九年二月二六日開催の被告組合の理事会に出席し前記売買契約の審議に加わり、これを承認し法人税逋脱の共謀に加わつた。

という三点を挙げることができる。

5 ところが本件捜査においては、捜査の時点において、法律家である捜査官が認識した事項のすべてを、被告人柳澤をはじめ被告組合の関係者が各行為の時点において既に認識していたものという誤解をもつて押し進められこれを否定するものは故意に事実を否認するものとしてその供述者を追及し、誤つた前提を押しつけているのである。

さらに、被告人柳澤が本件法人税の修正申告(昭和五一年六月九日)の際、同月一四日における理事会において被告組合の組合長としての立場と責任において事態の収拾を図るため全般的な経過説明をなした際の録音テープによつて、被告人柳澤の行為者としての経験に基づく説明であると誤解し、また本件捜査が開始された段階で真相を文書化し、これを認定するために当時の事情に最も詳しかつた坪川均に作成させた確認書のことを証拠隠滅工作と曲解しているのである。

6 弁護人が右のような判断をする根拠についてさらに物的証拠を中心としてこれを明らかにしたい。

弁護人が原審における弁論で指摘したとおり、本件土地の売買契約当時、被告組合の売渡先は福井市であるのか福井市土地開発公社なのかの区別は必ずしも明確でなく、代金を福井市土地開発公社から受領したとしてもその一部を市議会の補正予算によつて市からの補助金に切替えることは不可能ではなかつたのである。

公社保管の用地買収綴(符第三号)に編綴された昭和四九年二月二七日付の土地売買契約書では売主被告組合、買主福井土地開発公社と記載されているが所有権移転登記は福井市とすることとなっており、登記嘱託書合計二九通にはいずれも所有権移転について権利者を「福井市」となし「原因証書は存在しない。」と記載されており、又売渡対象土地区画整理事業の対象土地となつていてその保留地予定地の一部が被告法人から福井市に譲渡されている事実も存する。

さらに本件土地は、昭和五〇年六月二八日付土地売買契約書によれば土地所有者福井市土地開発公社から福井県の代理人福井県土地開発公社に転売されている。

被告組合から市公社へ(その一部保留地予定地は市へ)市公社から市へ、市から市公社へ、市公社から県の代理人である県公社へと夫々の売買契約が現実に存在しなければ物的証拠と符合しない。

しかし、市公社は本件土地について不動産取得税を納付していないから(公拡法二七条、地方税法七三条の五第四項に規定する不動産に該当しないから不動産取得税は当然課税される。)県公社が県の代理人として売買契約を締結しているがごとく市公社の本件土地の売買における役割は市代理人として(市が買受人であれば不動産取得税は免除)被告組合から買収し、やはり市の代理人として県の代理人である県公社に売り渡したという解釈をすることは決して不合理とはいえずむしろそのような解釈の方が合理的である。

そうでなければ福井市は公正証書原本不実記載罪を犯したことになるのである。

7 本来土地開発公社は県、あるいは市の分身といわれており、通常の法律知識しか持たない者にとつては、これを同一体と認識していたのが当時の実状であつて、昭和四九年二月二六日における被告組合の役員会議事録を見ても、当時市議会議員である坂本副組合長ですら「明日市と契約し云々」「市の開発公社から出て来た契約書」「市から本所会館の建設資金を助成してもらう」「市の開発公社から助成金をもらつた」などと説明し、市と公社の用語を混同して使用し、又前記符三号に編綴されている用地第一係長鷹尾紹兼起案にかかる「福井県観光物産センター建設用地買収費の立替払いにかかる利子計算依頼について」と題する昭和五〇年一月一三日付決裁伺書には「売方の福井市農業協同組合は福井市農業協同組合会館建設費の支払いに困窮いたし、福井市に対し未払金一億円の支払い要請がありましたので、福井市は昭和五〇年二月一日付けで金一億円を福井市農業協同組合に支払うことにしました。」なる記載が見受けられ右の山院副理事長天井・築田常務理事・岡藤事務局長・後藤・加藤・両崎らが福井市を市公社と書き変えることなくそのまま同月二〇日決裁をなし、県公社へ発送されているところをみても右時点においてすら市公社の幹部達が市と市公社を載然と区別していないことが明らかである。

まして本件当時被告組合の役職員がこれを混同していたことは右によつても十分推測できるところであり、被告組合としては当初本件土地代金を市の分身である市公社から受領しても昭和四九年度末(昭和五〇年三月三一日)までに市議会で補助金に関する補正予算が提出可決されれば補助金としての受入れが不正なものではなく、これをもつて固定資産の圧縮記帳をしたとしても法人税逋脱となるものではないと考えるは当時の情況としてはむしろ当然のことであつた。

8 被告人柳澤が昭和四九年二月二六日午後二時から開催された被告組合の理事会に遅参したことは、原審における被告人柳澤の供述及び証人松川吉孝の供述によつて明らかであつて、被告人柳澤が当初より出席し法人税逋脱を意図する二本立て文書の作成の審議に加わつてこれを承認したのみならず、当時非常勤役員である被告人柳澤が四月一日から取得税が高くなるので早く市公社と契約するという話題が出た時「税金が上るので早く契約をしなければならない」と説明したというのは、被告人柳澤の真意に基く供述ではない。

何となれば、被告人柳澤がもし右のような発言をしておれば当然議事録に記載される筈であるのにその記載がなく、又取得税は売主の被告組合が納付するのではなく買主が納付するものであるから被告人柳澤が発言すべき筋合でもないからである。

しかも、「私を含めて他の理事達も税金は納める積もりはないという雰囲気であつた」という検面供述に至つては、当日全理事の間で法人税逋脱の共謀が設立したことを意味しており、このような課税については確かめるための質問をした瀧波理事でさえ、共犯の仲間に加えることになるのであつて出席議員を冒涜することは甚しいものといわねばならない。

而して右役員会の時点において、常務役員達は覚書分については補助金として交付されるものと考えており、又補助金交付のための働きかけを行つていたものであつて決して被告法人の法人税逋脱の意図はなかつたのである。

ところが捜査官は、被告人の当初の一億円の法人税逋脱につき柳澤を照準し得る共謀の具体的事実を発見することができないところから、前記二月二六日の理事会の時点において常勤役員間において法人税逋脱が企図され、理事会では被告人柳澤が当初から出席してその審議に加わつてこれを承諾しここに共謀に加わつたものとの事実を作り上げたのである。

9 抑々当時の常勤役員が議事録に記載されているように私達の責任において解決すると明言している本件土地売買手続に関して、かりに百歩譲つて当時これら非常勤役員が法人税逋脱を意図していたとし、その審議に非常勤役員であつた被告人柳澤だけが加わったとした場合を考えても被告人柳澤が法人税法違反で起訴されている現実の事態をどのように理解すればよいのか。

結局本件捜査は、被告人柳澤の狙い撃ちを企図したものとしか言いようがなく、ここに昭和五一年一一月一八日付被告人柳澤の検面調書の任意性信用性につき深い吟味の必要性が痛感されるのである。(被告人柳澤は昭和五一年一一月九日、逮捕され右検面調書が作成されるまでは否認を続けていた。)

10 原判決は、このような被告人柳澤に対する狙い撃ちのための偏向的な捜査経過や意図については全く気づかず却つて捜査を盲信し、捜査過程で作成された調書が捜査官の如何なる意図のもので取調が行われまた供述者が捜査官から右意図にそう供述を押しつけられたり迎合したりしていることについて一切疑問を抱かず証拠の証明力を深く検討するということはなく、文字の表現に従つて辻褄合わせの事実認定をしているのである。

原判決は供述調書の記載内容の「ごく自然で臨場感が溢れている」としてこれにたやすく信用性を付与しているが、供述調書作成の技巧に長じた捜査官の調書についての信用性の検討はそれほど単純安易なものではない。

11 原判決は、坪川均が伴岩男に作成させた昭和四九年一月二三日付被告組合より島田市長宛の陳情書は、同人が独断で今後いわゆる二本立ての契約交渉を側面から円滑かつ有利に進めるための布石として農協会館建設補助金一億円の総額陳情書を提出することを思いついてなしたものであると認定しているが(一七頁以下)原判決自身が認めているとおり、市公社では既に昭和四八年三月の時点で同年度の当初予算の中で明里用地買収費三億五、〇〇〇万円を組んでおり、昭和四九年一月二九日土地売買契約書及び覚書分の合計三億七、六五七万三、一九二円について市公社内で決裁伺書が起案されている(符三号)のであるから、そのうち一億円を補助金としてもらうために態々増額を陳情する必要は毛頭ないのである。

坪川の陳情書は文面どおりこれを素直に理解しなければならない。

文面に表れた以外のことを認定するためには、作成者からその意図を確認しなければ独断に陥つてしまう。

坪川は当時島田市長と会つて口頭でさらに別途補助金一億円の増額を陳情し文書を提出することの了承を得たうえ、伴参事にこれを作成させたものであつて、捜査官はこれを原判決のように解釈しなければ、昭和四九年二月二六日における被告組合理事会で二本立て文書による法人税逋脱につき常勤理事者間の共謀の認定の支障になるので、右解釈を伴参事に押しつけて供述を得たものに外ならない。

伴参事は、後記法人税法違反の点についても行為責任者として捜査官から追及されるべき事項があつたところから、自己の責任を避けるため、被告人柳澤を狙い撃ちせんとする捜査官に対し、迎合供述をしたものと思われるふしが諸処に散見されるのである。

坪川の陳情書の文面は正規の助成金一億円の増額陳情の表現がなされその真意も亦文面であることは、栃川の大字ノート(符三七号)小島竜美の予算査定メモ、市長事務引継書のうち農林部農政課の分の写中の記載、秘書課長山本務の市長事務引継事項の記載等と併せて考察すれば明らかであるのに、原判決は「右陳情書が市に提出された後は、坪川の真意とは掛け離れ、市農林部関係職員によつて文面どおりのものとして取り扱われていつた。」「右陳情の件はあいまいなまま懸案事項となつた」(二一一頁)と認定している。

原判決はさらに「坪川理事は独断で伴参事に昭和四九年一月二三日付陳情書を起案させ、これを市公社に提出することによりすくなくとも売買代金のうち一億円を覚書による助成金名目で交付を受け、その逋脱を図つた張本人であり、同人をめぐつては先ず同人は売買代金額についてもつとにその低廉さを不満とし、市公社との契約締結後いちはやく同年三月ころ、他の役員に相談することなく、天井常務理事に対し、「県の方へ売られる時、部長さんの方で一億円上積みしてもらって県が応じてくれたら、それを農協の方へ回すようにしてくれ。契約が終わつてから今更そんなお願いをするのは無理かも知れないが、一億円上積みしても、四億七、六〇〇万円でまだ安い位や」と要請したこと、同年六月中ころ社支部の役員室で坂本副組合長との間で一億円増額の話をした時、同人からこれ以上あんまり頑張らん方がよいとたしなめられたこと云々」と判示している。

しかし、坪川は同年五月一五日から七月末まで福井日赤病院に入院中で、坂本副組合長と右のような話をするような機会はなく、かりに原判決の認定どおりとした場合、捜査官が坪川をさしおいて被告人柳澤だけを法人税法違反で訴追していることに疑問が抱かれる筈であり、その点に考察が立至るならば被告人柳澤の認識を裏付け柳澤に責任を押しつけるような捜査段階における各関係者の供述について当然疑問が抱かれるべきである。

12 次に原判決は、「追加一億円についても、それは被告人天井と柳澤らが画策して捻出することに成功した政治的加算金以外の何物でもない」と判示している。(一九九頁)

ところで、昭和五八年二月二六日付福井中日新聞は、前日開かれた福井県定例県議会における山本順一県議の質問に関して「山本氏は「福井市土地開発公社から県に転売された時に、上積みされた一億円について福井地裁は一月、“政治加算”の認定した。当時知事は否定しており、今回の裁判で知事の立場は灰色となつた」と詰め寄つた。中川知事は「福井市と同市農協の間のことであり、県は無関係。県は土地価格が適正かどうかを判断して介入しただけ」と突っぱねてた。さらに「裁判所は政治的加算と判断したかもしれないが適正価格だつたと思う。」と判決無視にも受け取れる発言をしたため、山本氏が「三権分立とはいえ、裁判所が何をいうと構わないという姿勢は問題」とたしなめるひと幕もあつた。」と報じている。

原判決は、右一億円は政治的加算金という不明朗な性格のもの(二〇九頁)というのが、被告人柳澤や天井が誰に対して如何なる画策をしたものかこの点に関する証拠が全くないのに両名の画策に基く不明朗なものと判示し、それが県会において質問の対象として取上げられたのである。

符三号の中に編綴された、昭和四九年八月八日付福井銀行審査部長浅井幹男の「土地価格の評価について」と題する書面によれば、本件売買の対象となつた土地の平方米当り単価は四八、五〇〇円(坪当り約一六万円)であつて、被告組合は土地売買契約書によれば一四、一三七・二三m2を四八一、四二二、四五四円(平方米当り単価約三四、〇五〇円)で市公社へ売り、市公社は県に対し一五、二四八・九九m2を五五七、六九一、〇七一円(平方米当り単価約三六、五七〇円)で売り渡しているのであるから、前記銀行の評価額に比べていずれもかなり低い価格で売買されており、知事の県会における答弁のようにまさに適正価格での売買というべく、原判決のいう政治的加算という事実認定についてはこの点からみても証拠に基づかない判断といわねばならない。

而して前記市公社の転売差額は市公社が本件土地を買収するために支出した資金の借受利息に相当するものであることを考えると、原判決のいういわゆる「土地転がし」にあたらないことも明らかである。

13 然るに原判決は「法令定款上明らかに公有地の先行取得をその存立目的とする市公社が、多額の公金を使用して事もあろうに不動産仲介業者のように、不動産の斡旋業務を、しかも対象物件について一旦は自分名義の所有権移転登記まで経由させる形式をとつて行い、中間に自己を介在せしめることによる転売差益(いわゆる土地転がしによる利益にほかならない。)を挙げて当初の地主(売主)に与えるようなことがまともになされ得る筈がないことはここで多言を要しないところ云々」(二一〇頁)と判示しているが、これは市公社が市の債務保証によつて運営されるものであることを、市公社の事務費は、同公社の取扱う業務量(土地売買の取引価格)に対しその一定率の範囲内で定められているところ、尚公社は本来営利目的とする団体ではないこと、前記土地評価格と一億円増額後の取引評価格とを比較してみても取引価格が不適正なものでないこれを全く理解しないで判断をしたため事実を誤認したものであり、とりわけ前記判示のうち「一旦は自己名義の所有権移転登記まで経由した」というのは、明らかに事実認定を誤つたものであり、法律専門家のこのような誤りは本件において法律家でなく法律関係を深く詮策することなく日常生活を送つている被告組合の役職員が市と市公社とを混同していたのに拘らず、国、地方公共団体からの補助金は存在するが土地開発公社からの補助金はあり得ないとして法人税逋脱の犯意を認めることが如何に無理なことであるかということの証左ともなろう。

14 さらに原判決、法人税法違反の訴因に関しても、検察官が被告人柳澤を狙い撃ちするため、概括的犯意の範囲を監督責任の点にまで拡げた違法な解釈をしていることを踏襲し、事実誤認を犯している。

被告組合は昭和五〇年一二月末現在、組合員数八、六六六名出資金三億六、二四三万円、本所はじめ社支所のほか一九支所を有し役職員数約五〇〇名の多数に及びその物的人的規模を会社四季報掲載の二部上場会社と比較すると、これに匹敵するものといえる。

而して被告組合代表者は世襲職ではないから、在職中は健全な企業経営の実現を図りこれを後任者に引継ぐことになるが右のような大組織を抱えて経理事務の細部に亘つていちいち指揮監督することは全く不可能である。

いわゆる総括的犯意をもつて代表者の刑責を問うには、せいぜい従業員一〇〇名以下の中小企業の場合で、しかも代表者の地位が永続的で比較的細部まで監督をなし得るような場合でなければならず、被告組合のような規模を持ちその代表者は対外的事務も多く時間的にも細部に亘つて監督をなし得ないわけで、担当者の裁量でなしたことまで概括的犯意論によつて代表者の刑責を問うことは監督責任と刑事責任とを混同するものであつて到底許されないことである。

本件では右のような考え方に対し、被告組合代表者はかねてから「含み益」を残すことを考え、職員達に指示していたので担当者のなした逋脱につき概括的犯意が認められるという理由がのべられているが、「含み 益」とはいうのは合法的な租税負担の軽減によつて内部留保を図るものでひとり農協のみならずいずれの企業でも考慮していることであつてこれをもつて脱税を容認するものではないのである。

被告組合と同程度の人的規模を有する一般企業が査察事件として立件されその代表者が概括的犯意を有する行為者として刑責責任を問われた例は皆無であると思う。

それはこの程度の人的物的規模を有する法人の代表者に対しては、監督責任を問い得ても刑事責任を問うことは犯意を押しつけて苛酷となり常識に反するとの考えに基づくものであろう。

新聞で報じられている大会社のいわゆる申告漏れについて各担当者の犯意は把握できても、代表者の犯意については把握し得ず、査察事件として立件されないのが実状であり、それが常識とされている。

原判決は広い視野に立つてこれらの実状を摘むことなく、本件において被告人柳澤の犯意につき十分な検討をしていない。特に一般の場合に反し担当者の責任のがれの供述をもつて被告人柳澤の責任に押しつけようとする捜査の傾向をそのまま鵜呑みにしているのである。

15 以上いずれの点をみても原判決は、傾向的な本件捜査の考え方をそのまま踏襲して、証拠の価値判断をなしこれを根拠に事実に認定しようとしたため、以下述べるような事実誤認ならびに法令違反を犯するに至つたものである。

三、原判決判示第一には、次に述べるような影響を及ぼすべき事実の誤認がある。

1 被告法人が本件土地を売却するにあたり、土地売買契約書と覚書の二本立てにしても、究極的には福井市から補正予算により補助金交付の手続がとられるならば法人税逋脱の問題は起こらないのである。

即して右売買契約を審議した理事会開催当時関係理事がこれを期待し、その運動をしていたことは明らかである。

2 被告人柳澤は、原審以来判示第一の公文書偽造及び判示第二の一の一億円の固定資産処分益については、これに関与したことはないと主張するものである。

ところで、本件土地売買契約締結に関して福井市と市公社がとつた態度については次の諸点において疑問が湧き、原判決がこれを如何に理解したうえ事実認定をしたのか解釈に苦しむことが多い。

(一) 本件土地売買契約書及び覚書では売主被告農協、買主市公社となつているが所有権移転登記は福井市となつている理由

(二) 市公社と福井市間には別途売買契約が結ばれたという証拠がないので右登記は中間省略の登記とは理解し難いこと。

(三) 農協理事会で、不動産取得税の率が四月一日から改訂されるので早く契約したいという説明がなされているが、不動産取得税は買受人たる市公社に納付義務があるので契約は急ぐ理由はむしろ市公社側であつた筈であるのに、右のような説明がなされた理由は市公社の方が契約を急いだからではないだろうか。

(四) 右のような事情があるのに、本件土地の所有権移転登記が不動産取得税が免税される福井市になされているのは、市公社と市との間で被告組合には理由を明かさないでそのような協定がなされていたのではないか。

(五) 市公社の事務費は、その取扱いにかかる業務の量によつて決められるので被告組合が希望する市からの補助金処理となれば市公社の被告組合へ支払うべき土地代金が減少し、それだけ業務の量が減り従つて事務費が低額となるという市公社内部の事情があつたのではないか。

(六) そのため市公社及び市の関係者(兼務者が多い)は、被告農協側に対し表面上は補助金としての期待を持たせるような言動をとりながら内心では補助金の処理はしないと決め被告組合側にこれを秘していたのではないか。

(七) 原判決は昭和四十九年二月二八日福井県知事から市公社理事長宛の本件土地の売却依頼文書は、日付余白であつたもので遡及して手書きで記入したと認定しているが、それがもし真実であれば、これには市公社の受理番号の入つた同日付の受付印ならびに常務理事小寺・事務局長上田・係長中野・係員山田の各印が押捺されているので、少なくともその受理年月日に関しては虚偽公文書作成罪を構成することになるがこのようなことが市公社の体質として存在していたのではないか。

(八) 被告人柳澤は坪川均が被告農協において修正申告をなす前新聞談話の中で述べている代替資産(事業用資産の買い換え)による非課税措置については、昭和四九年度中に市の補助金に関する補正予算が実現できなかつた結果市公社の実務者と天谷甚兵衛らが税務署員に相談し、考えついたものと仄聞しているが、そのような事実があつたのか。

以上の諸点の真偽が明らかにならなければ、被告人柳澤が原判決判示第一の公文書偽造及び判示第二の一の一億円の固定資産処分益については共謀に加わつたと認定することは極めて危険である。

3 即ち当初二本立て文書の作成によつて補助金交付を受け、被告組合のその分の法人税を非課税とする手続については当時の常勤役員が「私達の責任において解決する」と役員会で確約したことであつて当時非常勤役員であつた被告人柳澤が解決すべき責任はなく、右補助金交付の法的措置は昭和四九年度法人税申告期限である昭和五〇年二月末日でも被告農協側としては(市公社及び市が本心を伝えないかぎり)なお期待できたのであるから右確約をした坂本、坪川らの常勤理事に法人税逋脱の意思が確定していたと認めることもできない。さらに昭和五〇年一月になつて、被告組合内において永田彌作の土地の問題解決の結果六〇九万五八〇円の経理上の赤字が出たとしても、前の日付のままで土地売買契約書・覚書の書き換えによつてその解決を図ることについて、もし被告人柳澤に承認を求めておれば当然承認を拒否している筈である。何となれば被告人柳澤は被告組合代表者として前年一二月一七日、市公社大武理事長との間で永田彌作の土地売買契約書を作成しているのであるから昭和五〇年一月の時点で、同理事長との間でさきの土地売買契約書、覚書を変更する旨を記載した文書の作成は容易にできたのである。

そして被告組合の事務担当者としてはそのようなことを市公社事務担当者に申入れたものと考えられる。

ところがもしそのようにすれば市公社として本件土地につき既に市への移転登記を了えて不動産取得税を納付しないままで経過して来ており、もし昭和五〇年一月の日付のある文書を作成すれば、あらたに市公社に対する税負担の問題と、昭和四九年四月一日以降の税率上昇分につき予期しない負担増を招くことになるから被告組合側からの右申入れをそのまま受け入れることができず苦肉の策として事務担当者間において本件で偽造文書として追及を受けている昭和四九年二月二八日付の文書を作成することになつたものと解せられる。

このことは、本件が問疑されている公文書偽造は主として税務署の調査の際に提示行使することが目的となるものであるが、その面では当初の圧縮記録額一億四、〇〇〇万円を一億円に変更しているものであつてかりに法人税逋脱の目的とするものであると解すればむしろ逋脱所得額を減少させるための変更ということになり行使の目的と合致しないことになる。本件で書替えがなされた文書(符四号五号)に押捺されている「福井市淵町七号二〇番地福井市農業協同組合組合長理事山田等)のゴム印は正規のもの(符一号、二号)に押捺されているものとは異なり、銀行取引用のもので実務担当者が適宜持出して押捺したものでこの点からみても被告人柳澤ら当時の常勤役員の関与はなかつたといえるのである。

4 原判決は被告人柳澤は、本件公文書につき、小林警部に対して臨場感の溢れる自白をしているとなし、小寺らの責任のがれの供述を信用して共謀による有罪を認定しているが、右供述は警察署長から些細な問題だから協力してくれと頼まれ、監督者としての立場から事態を収拾するため、小林警部の作成した供述書二通につき相手を信用し内容をよく確かめないで二通同時に署名捺印したもので、捺印が不詳明のため二通とも再度欄外に捺し直されていることは被告人柳澤の供述と合致し、この点については小林警部の証言は信用できない。このような客観的に不動の外形事実を無視して臨場感に溢れる表現をもつて真実なりとすることは、採証の法則を無視し証拠の価値判断を誤り、これによつて事実を誤認したものである。

四、原判決判示第二の一、二の各事実には次のような判決に影響を及ぼすべき事実誤認及び法令の違反がある。

1 原判示第二の一について

(一) 共済雑収入6接待交際費・交際費限度超過額に関する事実誤認

原判決は、被告組合が県共済連から支給された共済雑収入五九二、〇〇〇円を公表計上せず、これを接待交際費に費消したものであるが、これは交際費限度額を超過して支出されたものであると認定している。

ところが原判決文の下付を受けてから担当者に審さに尋ねたところによれば右金額は被告組合が現実に県共済連から支給されたものではなく県共済連普及部長塚谷慶次及び推進課員で高志地区担当の渡崎一雄、松原一男らが被告組合の共済担当職員に対する県共済連自体の接待交際費として支出したものに対し、共済課長であつた谷中重一や植木正義が被告組合名義の領収証の作成を求められ、これに協力したに過ぎないものである。

被告人柳澤及び谷中・植木は原判示に見合う供述をしているが、谷中及び植木は県共済連に保管されている被告組合の領収証に基いて査察官の取調べを受けた際、右実状を話せば上部団体である県共済連に迷惑をかけることになるのでこれを慮り領収証記載のとおり金員を受領したと虚偽の供述をしたためで以後右供述を覆えすることができなくなつたものであり、また被告人柳澤は部下の供述内容を聞かされ、これを符合するよう供述したものに過ぎない。

従つて被告組合が右金員を共済雑収入として受け入れこれを接待交際費として費消した事実は存在しないからその限度額超過もあり得ずこれらの諸点において原判決は明らかに事実を誤認している。

(二) 購買手数料に関する事実誤認

原判決が犯則と認定した三、四七六、八七九円の算出根拠は次のとおりである。

〈1〉 昭和四九年度売上計上もれ分 七六、五四五、一〇〇円

〈2〉 右原価 七〇、五六六、六八一円

〈3〉 (〈1〉マイナス〈2〉) 五、九七八、四一九円

〈4〉 昭和四八年度売上計上もれ分 二五、四五四、三六〇円

〈5〉 右原価 二二、九五二、八二〇円

〈6〉 (〈4〉マイナス〈5〉) 二、五〇一、五四〇円

〈3〉 マイナス〈6〉 三、四七六、八七九円

本件売上の繰り延べは農機具農舎及び自動車の売買に際し、組合員である買主の農家に対し福井県から農業近代化資金制度に基づく利子供給を得させる目的をもつて右制度が禁止している事前着工に牴触しないようにする目的で行つたもので被告組合においては長年慣行的に実施され単に当年分の売上の一部を翌年に繰延べるだけでなく、前年度からの繰延分を当年分の売上に計上していたものであつて、被告組合の法人税の軽減を図る目的は全くなかったものである。

なるほど右の措置は原判決のいうふうに期間損益を適正に配分するための税務会計上の費用収益対応の原則に則つて考察すれば不当であるといえ不法なものではなく、売上げそのものを永久に除外しようとしたり、他の勘定科目に仮装して繰延べを図つたものではないし、原価はそのまま残していたのであるからその修正内容は課税上の修正となり得ても犯則上の修正となり得るものではない。

然るにこれを犯則所得とした原判決は明らかに事実を誤認している。

(三) 購買雑収入に関する事実誤認

原判決は、検察官主張の一、七一五、七五〇円のうち被告人柳澤のための選挙運動の事後報酬としての清酒購入に使われた福井ヰセキ(株)からの損害賠償金一、〇〇〇、〇〇〇円を犯則所得と認定している。

しかしながら被告人柳澤は右事実を全く知らなかつたのであり、前川一雄の検面調書52・3・21付検面調書(176)の被告人柳澤以下常務役員がすべて賛成した旨の供述は事実に反する。

もし、被告人柳澤が右につき具体的事実を知つて承認を与えていたとしたら別に公職選挙法違反を犯すことになるもので、このようなことを承認する筈がない、検察官の冒頭陳述書によつても「被告人柳澤は各収益を除外したことについての具体的認識はないか、事務職員らがいわゆる含みをもたせ決算を組み、不正に利益調節をしていたことは認識していたもので、概括的犯意を有していた。」とあり、原判決のように前記前川一雄の検面供述を全面的に信用していないのである。

而して本件において含みを持たせ決算というのは検察官主張のように不正に利益調節をすることでなく合法的な節税によつて内部留保を厚くするということであることはいうまでもない。農業協同組合ではこの「含みを持たせた決算」という言葉は日常何らこだわりなく使われており、それが検察官主張のように脱税を意味する言葉でないことは極めて明らかである。

この点においても原判決は誤解しており、加えて前記前川の検面供述の証明力の評価を誤り前記一、〇〇〇、〇〇〇円を犯則所得と認定したのは事実誤認である。

(四) 固定資産処分益に関する事実誤認

明里の土地に関する固定資産処分益の二億円が昭和四九年分の所得に帰属するという検察官の主張を排してこれを一億円づつに分け、同年分及び昭和五〇年分の所得に帰属するものとした原判決の判断は法律解釈としては正当である。

被告人柳澤は、原審において昭和四九年分の一億円については、当初より関与せず、当時の常勤役員らの責任において解決する旨説明を受けていたもので全く犯意のないことを主張していたものである。

しかしながら原判決は昭和四九年二月一六日午後二時から開かれた被告人組合理事会において、「東安居用地土地売買契約について一なる議案が提出された際、土地売買契約書及び覚書の二本立てとなつていること自体に坂本、坪川らの常勤役員に法人税の逋脱の意図があつたものとなし、被告人柳澤は当時市議会議長であつたため、右理事会に遅参したに拘らず当初より出席していて右逋脱の意図があることを十分了知して右議決に加わつたとし、昭和四九年一月二三日付被告組合から福井市長宛の補助金交付の陳情書について、その文意をそのまま受け取らないで坪川均専務理事が右法人税逋脱の意図を補助金交付によつてカムフラージュせんがため作成したものであると曲解するなど基本となる各事実を誤認したため、ひいては犯意を有しない被告人柳澤につき犯意を有していたものと誤認したものである。

(五) 育苗センター会計費用に関する事実誤認

一般に固定資産に計上するべき資産を買つた場合、固定資産に計上するか、修繕費等の経費として計上するかは経理処理の方法として見解が分かれることが多い。被告組合の育苗会計においてこのような具体的処理について常勤役員に相談することは要せず、担当課長の権限でできたものである。

原判決は被告人柳澤の検面調書に柴田常務から固定資産に計上せず、また経費に計上するなどして含みを持たせることにつき、承認を求められたのでこれを承認した旨の供述のあることをもつて被告人柳澤の犯意を認めているが、被告人柳澤は捜査の時点においては、自分が具体的事実を知らなくとも被告法人の組合長として部下の責任を一身に引きかぶって供述しているものである。

原判決は被告人柳澤につき、傑出した力量と比肩するものがいない権勢を有していた(二六九頁)と認定しているが、他面、責任感が強く義侠心のあることを見逃しているのである。

被告人柳澤は本件捜査の際、検察官の容喙によつて強引に被告組合の組合長から引き下ろされたがその後本件第一審で有罪判決を受けたに拘らず、再び被告組合の組合長に推挙されており、このことは単なる力量や権勢だけではなく、いやしくも組合長という称号をもつかぎり、たとえ知らないことであつても部下役職員の責任を甘んじて受け、出所進退を明らかにするところに被告人柳澤の人間的魅力が感じられるからである。柴田常務が被告人柳澤の前記自白にそう事実がなかったともあつたともはつきりした記憶がないと述べていることによつても((125)検面調書)被告人柳澤の前記自白は信を措けないのである。

従つて担当課長の権限でなし得る筈の前記育苗センター会計の処理の不正につき、被告人柳澤に犯意があつたと認めるべき証明は不十分であるのに、これを犯則所得と認定した原判決には事実の誤認がある。

(六) 価格変動準備金戻入れに関する法令の違反

青色申告承認取消益を犯則所得とすることは立法措置を講じない限り違法であることは一部学説の支持するところであり、原審における弁論においてこれを力説したところである。

これに対し原判決は最高裁判所例に則り、青色申告承認取消益を犯則所得と認定した。

原判決は、行為時において違法な逋脱行為をした限り逋脱犯として「刑事上の責任を問われることは当然である」と判示するが(三五〇頁)青色申告承認の取消は所轄税務署長の覇束処分ではなくて裁量処分であることに議論の重点があり、この処分如何によつて同じ違法な逋脱行為をしていても犯罪となる場合と犯罪とならない場合とに分かれるのであるから取消のない場合には青色特典分は「刑事上の責任を問われるのは当然」ということにはならないのである。

この点に関し法律家としての良心に従い、すべての国民に対し公平な取扱いをしようとすれば、やはり実務家が長年月にわたりそれこそ当然のこととして取扱つて来たその他所得(犯則所得ではないが課税の対象になる)としての処理に従うべきである。

(七) 租税特別措置法による特別控除に関する事実誤認ないし法令の違反

弁護人は原審において、固定資産処分益の一億円について租税特別措置法六五条の四第一項四号所定の所得の特別控除の適用がある旨主張した。

右に対し、原判決は右四号は公拡法六条一項の協議に基づき地方公共団体、土地開発公社又は政令で定める法人に買い取られる場合と規定しているところ、本件明里の用地の売買については右協議が行なわれていないことは証拠上明らかであるから右特別控除の適用がある場合に該当しないと判示している。

しかしながら本件土地が都市計画区域内に所在するものであり、本件土地に関する昭和四九年二月二七日付売買契約書第一条によれば福井市土地開発公社(甲)は福井県の依頼により福井県物産観光センターならびに中小企業センター建設のために被告法人から本件土地を買受ける旨取決められていること、翌二月二八日付文書をもつて県知事より公社理事長宛売却方依頼がなされていることに徴すれば公拡法六条一項所定の協議に相当する手続が行われていることは右文面から十分に推定されるところであつてこれを否定した原判決は明らかに事実を誤認するかもしくは法令の解釈を誤つたものである。

さらに土地売買契約書によれば本件土地は被告組合から福井市土地開発公社に売渡されているが、その対象は福井市都市計画西部第一土地区画整理事業換地七〇街区、七一街区、七二街区合計一三、六八〇・八九m2であつて、七〇街区一二番、一七六・一九m2及び七一街区二番二二〇・三八m2は土地区画整理事業の保留地予定地になつていたものを昭和四九年九月二七日被告組合から福井市に権利譲渡している。(符三号参照)

このような場合右二区画の合計三九六・五七m2については、租税特別措置法六五条の三の特別控除の対象となるものと考えられる。

原判決は右の法律事項に関する判断を遺脱している。

2 原判決第二の二について

(一) 共済雑収入の接待交際費、交際費限度超過額に関する事実誤認

前記原判示第二の一の項で述べたとおり、本事業年度においても被告組合自身が県共済連からの支給の事実自体が存在せず、勿論これを接待交際費として費消した事実も存在し得ないからその限度額超過もあり得ないことになり、原判決は前記三個の勘定科目につきその事実を確認している。

(二) 購買品供給高に関する事実誤認

前記原判示第二の一の項で述べたとおり、農機具、農舎、自動車の売上の繰り延べに関するもので、被告人柳澤の犯意がないものであるのにこれを犯則所得と認定した原判決は事実を誤認している。

なお被告組合では、引渡先農家から預り証を徴し県の認可が下りた都度売上を計上し、棚卸から減らしていたものであり、このような処理は被告組合のみならず県下の各単協も同様に行つていたのである。

(三) 購買雑収入に関する事実誤認

原判決は検察官主張のうち県経済連からの奨励金一七、四八八、九一〇円を犯則所得と認め、その他については被告人柳澤の犯意を認めなかつた。

犯則所得とされた右金額は、昭和五〇年一二月三一日終了事業年度末に近い同年一二月二九日県信連の当座預金に振り込まれているのでその振込通知が被告組合へ送達されたのは翌事業年度にあたる昭和五一年一月中頃である。

そこで谷中企画管理課長は岡田経理課長に対し、その処理について相談した結果既に昭和五〇年分の決算を大体組んでしまつていてそれだけで事業計画を上廻る利益が出ており、決算の組みかえが面倒なところから昭和五〇年分の収入には計上せず翌年に繰り延べることに決め、小寺室長と伴参事にその旨を報告した。

伴参事は右の事実を被告人柳澤に報告したかどうかについては明確な記憶はなく、多分報告している筈であると供述しているが、これは同人の責任のがれの供述にすぎず、これをもつて被告人柳澤が談を受けこれを了承したと推認した原判決(三八五頁)は、被告人柳澤には具体的認識はなかつたとする検察官の冒頭陳述よりもさらに積極的な犯意を認めたもので証拠の価値判断を著しく誤り、ひいては事実を誤認したものである。

(四) 販売雑収入に関する事実誤認

原判決は県経済連からの奨励金九五〇、五〇〇円及び政府米集荷手数料七、六四六円のうち前者を不正な収入除外とみて犯則所得と認定した。

しかし、右の九五〇、五〇〇円は、前記購買雑収入で収入除外と認定された一七、四八八、九一〇円とともに一括合計一八、四三九、四一〇円が昭和五〇年一二月二九日県信連の当座預金口座に振込まれたもので前記のとおり伴参事以下の段階で、決算書作成の作業が大体できていたところ、組み替え作業の煩わしさを避けたいため被告人柳澤らの了承を得ないまま、翌事業年度の収入金に繰り延べたもので、被告人柳澤には逋脱の犯意は全く見受けられない。

伴参事は、自己の責任のがれのため被告人柳澤に報告し了承を得ている筈であるとか、他の担当者が報告していると思うというような曖昧な供述をしているに過ぎず、いつ、どこで、どういう機会に了承を得たとか報告をしたという具体的供述はできないのである。

以上の理由によりこの点について原判決は事実を誤認している。

(五) 価格変動準備金戻入、同準備金繰入に関する法令の違反

青色申告承認取消益を犯則所得として認定した原判決の法令違反の理由については前記原判決判示第二の一の項で述べたとおりである。

(六) 購買品供給原価に関する事実誤認

原判決は、前記と同様農機具、農舎、自動車に関する売上の繰延べにつき、昭和四九年度売上計上もれの原価七〇、五六六、六八一円(昭和四九年末たな卸金額)を当期の益金とし、昭和五〇年末たな卸金額七二、六〇六、二九〇円を当期の損金としているので、この点においてはむしろ損金の額の方が多いのである。

従つて前記原判示第一の一の項で述べたとおり、長年慣行的に実施してきた経理処理に過ぎず、その方法が不当であるとして、法人税逋脱を目的とするような不法なものではなく被告人柳澤には勿論、担当者においても逋脱の犯意はなかつたものである。

なお、売上の計上は福井県当局の認可の時点にすることに統一しており県下各単協はいずれもこの方法によつている。

然るに右の点につき犯意を認定した原判決は事実を誤認している。

(七) 育苗会計費用に関する事実誤認

この件については、育苗会計の特殊性に鑑み伴岩男参事と岡田政憲経理課長、川上営業課長の間で決めて処理したものであつて、被告人柳澤らは具体的内容を聞かされておらず、これら担当者の責任において適切な事務処理をしているものと信頼していたもので逋脱の犯意はない。

従つて原判決はこの点において事実を誤認している。

(八) 未納事業税認定損に関する法令の違反

昭和五〇年一二月三一日終了事業年度の事業税認定損については検察官は本位的訴因では二三、六〇三、八四〇円と主張していたが、予備的訴因においては一五、六〇三、八四〇円と減額し、原判決は予備的訴因により昭和四九年分の固定資産処分益二億円を一億円に減額認定したうえ、事業税認定損についても検察官の主張に従つて減額認定した。

ところで被告法人では既に県税事務所長より、昭和五〇年分の未納事業税については二三、六〇三、八四〇円の決定を受けて納付済であり、原判決でたとえその減額認定をしても、右県税事務所長の決定を変更することは不可能(法定の更正○○を経過)であるから客観的には昭和五〇年分の未納事業税認定損は右金額をもつて確定していて不動のものといわねばならない。

原審の口頭弁論終結後の昭和五七年一二月一〇日京都地方裁判所第一刑事部は株式会社マンモスクラブ・メトロに対する法人税法違反被告事件の判決で、三事業年度にわたり、起訴所得額の六〇パーセント弱を犯則所得と認定したが、未納事業税認定額については現実に府税事務所長により決定を受け納付した起訴所得額に応じた金額をもつて認定した。(なおこの認定方法は検察官の意見に基くものである。)

弁護人は原審における判決宣告当日、検察官からの証拠の補充提出がなされるため弁論が再開された機会に右の点につき従前の弁論内容を修正したい旨裁判長に申し入れたが、既に判決文ができ上つているので第一審では右主張を遠慮するよう説得されこれに従つた次第である。

法律上更正不能となつて確定し納付済の事業税の損金処理については前記京都地方裁判所判決の解釈が正当であり、これと相反した原判決の判断には法令の違反がある。(法人税法三八条一項)

五、原判決の刑の量定は不当に重い

1 本件につき原判決が有罪と認めたすべての事実につきかりに被告人柳澤が刑責を問われるとしても、昭和五〇年分の固定資産処分益一億円に関する逋脱と、偽証教唆の二点を除いては被告人柳澤だけが起訴されていること自体に不忠義さを感じさせるものがある。

この点については被告人柳澤に対する狙い撃ちと解する以外に理解できず、それは本件取調の過程において検察官から被告人柳澤に対し被告組合の組合長辞任を半強制的に求められたこと及び本件起訴の態様によつても首肯されるところであり、市議会議長、被告組合の組合長として権勢を持つ被告人柳澤に対する政治的反対者からの働きかけがあつたのではないかとも推測されるのである。

而して偽証教唆の点については、坪川均の新聞談話にかかる代替資産による非課税につき坂本、坪川にその証言を求めたわけであるが、原判示第四の二のうち「覚書分については、市役所が税務署と交渉した結果代替資産として認めてもらい税金の対象とならないようになつた旨を天谷課長から昭和四九年の春か秋かとにかく昭和四九年度に聞いたので所得として申告しなくてもよいと思つた」という坪川証言は必ずしもこれを全面的に虚偽ときめつけることはできない。

そのうえ坂本、坪川の偽証罪は本件第一審判決前に確定し、被告人柳澤は十分反省をなし原審以来偽証教唆ならびに自己の刑責あるものと思う点については卒直に事実を認めているのであるから被告人の量刑を重くしなければならないという理由はない。

2 次に法人税法違反の点より本件量刑が重いことについて述べる。

(一) 査察事件と特調事件との差による不公平

一般に税法違反については単に国税査察官の調査によつて発覚するものだけでなく、広く各税務署の収税官吏の調査によつて発覚するものが大半を占め、その犯則規模においても後者が前者を凌ぐことが相当多数あると仄聞している。

そして税務署調査の事件ではそれぞれ更正決定がなされそれに応じた税額が徴収されるのであるが、査察事件は更正決定を受けるだけでなく刑事事件として告発起訴されるわけであるから、調査着手の官署の相異によつて結果的に大きな差が生ずるのである。

特に一般刑事事件では、犯罪の大部分が検挙され捜査事件送致義務の原則によつて一応すべての事件が公平な検察官の手に移されたうえ、起訴・不起訴の判断がなされるわけであるから、前記のような査察事件の処理については不公平の感を禁じ得ないのである。

少なくとも我国の現行租税制度下においては、査察事件のみを悪質なものとして特別に厳罰を以て臨むことは妥当性を欠き、国民をして納得せしめるものではないと信ずるものであり、財政緊迫の状況下だからといつて査察事件のみに神経質になるのは禁物である。

因みに小島建彦判事は、その著「直説違反事件の研究」において「告発要否の基準が全く開示されていない現行の実務では果していかなる基準で告発-訴追が行われるかにつき公平公正さに疑いを残すと思う。告発猶予は、収税官吏に直税事件の告発便宜主義を認め検察官の脱税訴追に関する起訴便宜主義を事実上制限していることに注意しなければならない」とされている。かつて近畿弁護士連合会主催の夏期特別研修の際、税制経営研究所長谷山治雄先生も、「最近の税制と税務行政の特徴について」の講演を聴く機会を得た。その中で「逋脱をめぐる行政処分と刑事訴追との境界」なる項において奇しくもこの点に触れられ、重加算税における「仮装隠蔽」と逋脱犯における「詐欺又は不正の方法」との間に差異がないのに刑事訴追を受けた事件よりも大規模悪質と思われる事犯が特調事件として行政処分で済まされている例が極めて多いことを指摘し、この両者の境界は奈辺にあるのか多大の疑問が持たれると述べられた。

(二) 査察事件と中小企業

査察事件では主として中小企業が対象とされ、大企業が重加算税を課せられた新聞記事は時々見受けられるが査察事件として告発起訴された実例もなければ青色申告を取消されたという実例もない。

新聞報道によれば「83億円も申告もれ、新日鉄過去4年の所得」「過少申告加算税、重加算税を含め三十億円近い追徴課税を行つている」(昭和五二年六月三日付朝日新聞)「三菱商事が脱税60億円(重加算税含め)」「米の子会社で株売買利益111億隠す」(昭和五二年八月四日付読売新聞)「日商岩井60億円申告もれ」「はつきり隠し所得-脱税と認定された分も六十四億六千三百万円の中には含まれているといわれる」(昭和五四年二月一〇日付朝日新聞)「 商50億円の所得申告漏れ」「20億円超す追徴税払う」(昭和五四年二月二一日付朝日新聞)「日本郵船100億円申告漏れ」「チャーター料繰り上げ42億円を追徴」(昭和五七年三月三一日読売新聞)「三越九億五千万申告漏れ」「六千万円については意図的な仮装隠ぺいがあつたとして重加算税を課され追徴税額は加算税を含め約四億円に上る」(昭和五七年一〇月一六日付日本経済新聞)「丸紅100億円申告漏れ」「重加算税1億八、〇〇〇万、44億円を追徴」(昭和五七年一一月三〇日朝日新聞)「伊藤忠22億円申告漏れ、54年から3年間8億円を追徴」(昭和五八年二月一二日日本経済新聞)「五洋建設22億円の申告漏れ」「海外工事で不明金」(昭和五八年五月一三日毎日新聞)などの記事が見受けられるが、これらが起訴されたり青色申告を取消されたという報道はない。被告組合は、穏健中正な思想と倹素な経済観念を備えた組合員の集団で国家の経済及び思想の安定層を構成する一種の中小企業ということができる。

而して、脱税事件の処理において大企業と中小企業とを差別することは税務行政や裁判に対して、これら国家組織の一翼を構成する中小企業の真の心服を得るものでは決してないのである。

青色申告の取消に例をとるならば、かつて長年月にわたり青色申告の取消益は実務上「その他所得」として取扱われてきたし、そのことが税務行政全般の実態に適合するものであり常識に叶つているものとされてきた。

それが昭和四九年九月二〇日の最高裁判決によつて犯則所得として取扱われることになつてしまつたのである。いわば実質的には中小企業だけに科刑を加重するための法の解釈が打建てられたのである。

青色申告の取消が大企業に対しても平等に行われているならば問題はない。

そうでない現状においては中小企業は課税面は勿論、刑罰面においても不平等を強いられているものである。税法事件の量刑にあたつては単純な税法理論だけでなく、広く税務行政運営の実態を把握し、人間性を根基とする倫理的考察を忘却してはならないものと考える。弁護人が過去において弁護を担当した所得税法違反被告事件合計一八件(行為者二〇名)のうち行為者一一名に対し罰金刑の判決が言い渡され、法人税法違反被告事件合計三九件のうち行為者一四名に対し罰金刑の判決が言い渡されている。(その内容は別添所得税法違反事件一覧表及び法人税法違反事件一覧表のとおりで右一覧表は、大阪弁護士会友新会編「法律事務と租税法」中の拙稿「検察官・弁護士の体験からみた脱税査察事件」に添付した表4及び表5を引用したものである。)

而してこれら行為者の多くは、温情ある判決に感激し、事業の発展に精励し、多くの従業員とその家族の生活を守りながら納税の成果を挙げているのが現状である。

3 以上の諸点を綜合考察すると原判決が被告人柳澤に対し求刑どおりの懲役二年六月(三年間執行猶予)に処したのは量刑重きに失する。

六、以上詳述した諸事由により原判決を破棄し、さらに相当の裁判を求めるため本件控訴申立に及んだ次第である。

以上

昭和五十八年六月二五日

天井定美 有印公文書偽造、法人税法違反ほう助事件控訴趣意書

被告人 天井定美

弁護人 大橋茹

被告人天井定美控訴趣意書

前文

一、本件の控訴趣意を開陳するに先ち、前文において本件の需要な争点を明にすることは何故本件が惹起したかを明にすることゝ共に、本件御理解賜るのに最も便宜と考える。

(イ) 争点は、

(一) 検察官の主張する処を要約すれば左の通りである0と思料される。

福井市農協が農協会館を新設する用地として、組合員岡本金右ヱ門等から買受けた土地(以下明里土地と云う)が狭いので、これを他に売却し新に約九千坪の土地を入手し、同所に右現存する会館を建設することゝなつた。そこで前記明里用地は市農協としては不用になり、福井市土地開発公社(以下単に市公社と云う)に相当価格で売却し、その売却代金(当時は土地価格の高騰している時期であつた)に土地の値上り分を加えて、右市農協の新設会館の資金に充当することを企図しながらも買入れ原価と売却価格の差金殊に農民から安く買つて高く売つて市農協が金儲けをしたといことが明になれば、市農協役員としては心苦しく、その差益金即ち儲け金を公表し度くなかつた。

一方公表しないで内部留保には当然取得税の外に差益金に対する税金等が嵩むので、市農協ではこれ等税金を免れようと苦心し、右免脱を計るためには買主である市公社と協議の上売買契約証と覚書の二本建にし、差益金をかくし、而も売買価格を市公社と一致させる必要がある処、結局市農協の首脳部は市公社の責任者天井被告人の間で税金免脱の合意がなされなければならないことから、当時の市公社上田局長を通じて天井と免脱の方法について、土地の売買価格を表示した売買契約証と免脱価格を記入した覚書の二本建の書類を作成し、市公社と市農協の間で共謀して右方法により税金の免脱を計つたものであるというのである。

(二) 被告人天井の主張は、市農協の脱税の協議を受けたことなく、又かかる脱税方法に協力した事実もないというのである。殊に天井はかゝる脱税に加担し得ない立場にあつたものである、というのである。

(ロ) 右双方の主張の相違の内争なき点を摘示すれば左の通りである。

(一) 福井市公社は買入れた土地をそのまゝ買入れ価格を以て福井県へ売却した事実

(二) 市公社並に県土地開発公社も共に一般的に市農協等に対して助成金又は補助金等の名目の如何を問わず土地代金以外は出金できないこと。

尤も福井市は市農協に対しその組合員の数、その組合員の有する土地の面積等に比例して一般会計から或程度の助成金或は補助金を支出し得る制度が法制化されていること

(三) 県としては他の県下農協に対する比較からみて本件の場合助成は困難であり福井市としても既に市議会において議決した一億円を一ヶ年一千万円宛十ヶ年間に助成すること以外は支出できない状況にあつたこと

以上の事実は争なき事実であり関係者全員の知悉する処であつた。

(四) 従つて市農協-市公社-県公社の三者間における土地の移動或は売買に関して、県市各公社においては如何なる方法によるも、土地売買価格面から当初の岡本等地主から買入れた価格及び費用を除いた差益金に対する税金を免れ得ないことは、関係者全員の熟知しておる処であり県市各公社は土地買収価格以外に名義の如何を問わず出金し得ないことも公知の事実であつた。

(五) そこで何故市農協が福井市公社に対し本件で争われている土地代金の売買契約証と覚書の二本建の書類作成を求めたかの問題が起る。

当初は、市農協としては土地の売主である農民に対しその売買価格の約一倍半にも相当する価格で売つたことを公表すれば、儲けが多すぎるという非難ができることを恐れて、二本建にしたのであるが中途売買契約証のみ発表し覚書を秘しておけばよいと考えていたようである。処が覚書を秘しておけば税も免れることになることに気附きその取扱をしたようである。

市農協としては、土地の売主である組合員に対し売買価格の一倍半に相当する価格で転売したことが知れることを恐れて、直接旧地主に支払つた土地代約二億四千万円(後で追加した金額を含めて)を売買契約証に坪単価九万円の総額との差額一億四千万円を覚書にした二本建契約を考え市公社に要求して契約したのである。

而して覚書分の一億四千万円については、税の対象にならない取扱を考えたようであるが、左様な趣旨聊も市公社に伝えてない。

而して市公社としては二本建にしても飽くまで土地代は土地代で取得費はすべて土地代であり、市農協が二本建契約が税を免れる。

即ち脱税行為を企だてゝいた事は思いもよらないところであつたのである。

二、以上の争点と争ない事実を踏えて更に本件を考察し結論を導き出すに付き、

(一) 各証人及び関係者の供述を客観的、妥当性を考慮に容れて本件を観察して頂き度いのである。当弁護人の控訴趣意も右各事実を中心に考えているものであることを先づ上申しておき、特に各証人の片言節句に拘泥せず大局から各証人の証拠能力及び証人としての表現を御検討賜り度いのである。

(二) 証人の証言については故人は衆口金を溶すと云い、この名言は現在も残つている。又一方的に権力で強力に押し上げればどこまでも押し上げられていく暖簾証言という言葉も残つている。この二つの故人の名言は本件の御審理を賜るのに是非必要である。

(三) 原判決は各関係者の供述の一部を促えて立証の用に供しておられる。かゝる判示も或場合には適当である場合もないではないが、本件については特殊の事情の存することを裁判所におかれて常に記録の全部を通して真実を読み取つて頂き度いのである。

(1) 先づ市公社としては、市農協に或程度の協力はしても枉法行為までする必要がないこと、

(2) 本件では天井を頂点としてその他の市公社側の証人は殆んど全部当時の下僚で実行行為の担当であるから万一取調べ検事の意に反する供述をすれば直ちに起訴されても仕方のない立場即ち当時の検事は天井の下僚の実行行為者を何時でも起訴できる立場にあり、又少くとも勾留できる立場にあつたのである。それが現実となつて顕われた事実は当初の市公社局長上田三良を逮捕勾留されたことである。

これをみて、次の局長岡藤、課長後藤等は検察官の期待する通りの供述をしていると考えて頂いて差支えがないその数が多いことによつて天井一人の責に帰し衆口金を溶かしたのである。

次で公判に入るとその段階で、市農協側の重要な理事は本審理中に偽証罪で起訴され、本件の審理の終了をまたないで有罪判決を受けていることである。

この事実の是非は格別、少くとも関係者は検事に迎合する証言を余儀なくされたものとみて差支えないと推考できる。所謂暖簾証言である。

従つて市公社側の関係者が凡て天井の命令によつて法律上許されない手続を敢てしたという供述証言をしているのは寧ろ理の当然で、保身術としては最上の手段であつたことは否めないのである。

(3) しかし以下控訴趣意に掲記する処により、その供述は破綻を来たし何れも措信することができない事情が明になる。

(4) 更に本件について、市公社並に天井以下全員が厘毛の利得もしていないこと、聊も飲食、饗応等の供与を受けていないことは犯行の動機或は実行行為につき特段の御審理を賜り度い処である。

(5) 以上の事実と経過を踏えて以下控訴趣意を上申する、右事実をその都度繰り返すことを避ける趣旨で前文でまとめて上申しているのである。

控訴趣意

第一点

一、原判決はその理由第一において(八頁以下)に左の如く認定した。

「昭和四六年二月一六日明里の土地約四、二二〇、六二坪」を市農協は会館新築用地として買受けたが狭いことを発見し福井市淵町第一〇号一番地の現在農協会館の所在地約九、〇〇〇坪の土地を買受け同会館を建設したいので、右明里の土地が不用になつた、そこで明里用地は他に転売処分が必要になつた、就ては旧地主の要望により地元発展につながる公共的施設を誘致しなければならない羽目になつた、一方昭和四七年一〇月末頃福井市の庁議の際当時小島財政部長から、市農協が市或はその他公共団体に明里の土地を売却したい意向を持つていることを紹介したことに始まり市公社は本件土地を市の企画調整課長栃川守夫、公社事務局長上田三良の両名に命じ市農協に購入方を申入れた、これに対し市農協側は駐車場に使用されるのでは地元発展につながらないので県の中小企業課や婦人児童課から中小企業センター用地等に充てることを仄めかすと、市農協としては平素福井市に世話になつている関係もあり市公社に売却することを承諾した、価格については昭和四七年頃の当初三億円を予定した農協会館が物資の値上り等の関係から約三倍の建築費を要することゝなつた市農協の坂本副組合長が当時市の財政部長に就任した天井を訪ね売買のことをきめ、直接の折衝は市農協側天谷甚兵衛、市公社側上田事務局長に委せたのである。

そこで原判決は(一五頁以下)市農協側において脱税の謀議がなされたことを縷々判示し結果において市農協側において売買契約証と覚書の二本建(旧契約)とすることに決定し、同覚書分の金額を脱税することに決定した、これに対し上田は一旦拒否したが上司に相談して後日返事する旨を告げ、結局天井は二本建による脱税を承諾し上田に対しその旨指示したのである旨

以上が第一回の二本建契約と覚書成立の経過として原判決の認定した事実関係である。

二、そこで右二本建を後日故島田理事長名で訂正書替えたのが、新しい二本建(契約証覚書)であるがこれも天井が指示したものであると原判決は判示している。

しかし、かゝる指示を天井が狂人でない限りしないのである詳細は後述するが少くとも市の財政部長の要職にあるものが稟議を経た書類の訂正書替に更に稟議を求めないことは通常の常識では考え得ないことであるからである。

三、右認定につき原判決は種々の事情を述べこれを裏付ける各証人の供述を援用しているのであるが果して原判決認定の如き認定がなし得るか、又天井及びその下僚のなし得る処であろうかどうかを検討する。原判決認定の跡を仔細に検討すると次の如くなる。

(イ) 原判決摘示の通り当初は売買契約に二三六、五七三、一九二円のみを土地代として掲記していたが、収支六、〇九五、〇八〇円の赤字になる不合理が判明したので当初に作つた土地売買契約証と覚書き替え覚書の内四、〇〇〇万円を減額し土地代金の方に加え、即ち売買契約証の方にこれを組入れて経理操作を行つた、この新なる契約証覚書はが既に昭和四九年三月二四日死亡している元島田理事長と既に現場を離れている山田市農協の組合長名を使用しているので偽造文書であると認定しているのである。

(ロ) 若し右偽造文書だけならば契約証と覚書の二通の書類の内で四千万円を一方で減額し一方で増額したのに止まるのでそれだけでは有罪にし難いので原判決は当初の二本建即ち土地売買契約証並に覚書が天井の市農協の脱税工作に協力するのもやむを得ないと即断し「それで売つてくれるなら仕方がないじゃないか」と上田に答え市農協側の要求を全面的に容認して事務処理をするように指示した、と判示した(二六頁)のである。このことは後記の通り全然ないことである。

(ハ) 次で更に原判決は第一回の契約証と覚書に島田理事長、山際副理事長の決済印があるのを見て、昭和四九年一月一九日起案にかゝる(起案者山田正邦)「市公共用地の先行取得について」と題する決済伺書と題する書面と天井は添付されている原案が自己の指示にかなつたものであることを確認の上決済印を押し、一方本件の土地売買交渉については天井に一任していた山際副理事長、島田理事長の両名は天井と十分相談ずみであるかどうか一応念を押しただけで決済印を押したと事実認定をした。

当初に誤認したので最後まで誤認を通したのが原判決である、逆に云えば天井の罪責を問うためにはかく当初の二本建後の偽造文書、何れも天井が指示したものと認定しなければならなくなつたのである。

(ニ) 原判決は昭和四九年一月二四日ごろ右市長査定に先だつて行われた財政部長査定で市農協の一億円増額助成陳情については本件土地を坪九万円で購入する総地代の中に含めることで生かし具体的には農協会館建設資金に充当されることを覚書の分の中で賄つて処理してやれば十分であると考えていた天井から島田市長に対し、この件は明里の土地代金の中で処理ずみであるという趣旨の説明が附陳され市農協との契約に関する具体的経緯などについて故島田市長は知悉していなかつたため、右説明を十分理解し得なかつたが島田市長は「うんうん」とうなずいた程度に止まりそれ以上突込んだ議論に発展しないまゝ右陳情の件はこの場では採択されなかつたと摘示している(二九頁)

四、右陳情の通り原判決は造り替前の契約(以下前契約と云う)の二本建になつていて市長島田理事長、助役山際副理事長の承認印があることを事情を知らず上記市長助役両名が天井の片言的説明によつて承認印を押したように判示して造り替後の契約証覚書(以下偽造文書と云う)の責任が全部天井にあるように判示しているのである。即ち前契約の二本建も偽造文書も何れも天井一人の責任である趣旨の認定をしているのである。

五、そこで今一度市役所の組織、市公社のあり方と決済の順序とを併せ考えて原判決には重大な事実の誤認があることを上申することゝする。

(1) 既に詳細説明した通り市公社は市農協に対し農業会館の新築工事資金の助成や補助金は支出し得ないものである、このことは市長以下市の職員は勿論市議会議員も知悉している処である。

(2) 市長は市議会の同意を得て、助成又は補助金を支出し得る従つて市長は市内に多数散在した単位農協を現市農協に合併し略一本化した(市農協に合併しなかつた単位農協は僅か三、四のものに止まつた)

そこで島田市長は統合した現市農協が新に農協会館を新築するのに建築資金の三分の一程度補助しようということになり新建築費の約三億円の約三分の一である一億円を補助することを前陳の如く市議会に提案し同意を得て一千万円宛十年間に支出することにしたのである。

(3) 従つて市農協から建築資金の急騰により更に補助金一億を助成して欲しいという一月二三日附助成申請も農林部長を通じて市長へ提出されたもので市公社には全く関係がないのである。

(4) 市公社として明里用地の先行取得は決定したものゝ差し当り使用し度く考えたパークアンドライド方式市営自動車駐車場の設置に同用地を使用することには市農協が反対した一方福井県から前陳の如く県の中小企業センター婦人児童福祉課用地を欲しがつていたので県へ売却することを考えた尤も市は県所有の幾久グラウンドと交換を希望していたようであるが、この交渉は県から地元に対し差入れてある右グラウンド用地買収の際の差入書と価格の点の二条件で折合わず、明里用地は市から県へ売渡す外なく、一方市農協は福井市へ売却する旨を内部協議において決定していた(これは市からは補助金がもらえるが市公社からは何ももらえないので市へ売却することを市農協内部では考えていたようである)

(5) 県は適正価格なら買取るというのである豊住元総務部長の証言(並に福井県議会の明里公共用地の調査特別委員会速記録)によると福井市公社が如何程で買つてもそれにはこだわらず適正価格で買上げる旨明確に決定したことを供述している。

(6) 県としては市農協に助成するとか補助金を交付することなど考えられない状況であつた。

(7) 市公社も前陳の通り市公社自体としては補助も助成もできない。

(8) そうすると本件福井県から市公社に支払われた五億円余の金はそのまゝ市農協へ交付されているが終始土地代金であつて、その他の何ものでもないのである、契約証と覚書の二本建にしたからといつて土地代以外のものに変形することはない。

(9) この土地代金を受領した市農協で如何に使用しようと市公社並に県の全く与り知らぬことである。

(10) 市農協の側において岡本金右ヱ門等明里用地を市農協に売渡した組合員に事実上安く買つて高く市公社又は県へ高価に売却して多額の差益金を儲けたという事実が公表されると困るので二本建即ち土地売買契約証と覚書の二通の文書を作成することまでは市公社も援助したがそれ以上の援助は出来もせず、又してもいないし又考えてもいなかつたのである。

(11) 偶々市農協の内側に策士がいて偶々市公社が二本建にする文書作成に協力したことを奇貨として脱税を計つたようであるが市公社は右旧書面作成以来偽造文書作成に至るまで、又その前後において本件明里用地の土地代金以外のものとして記載した帳簿も補助金等の名目を使つた文書も全然出していない。従つて脱税を計る作為をなしたこともないのである。市農協においては本件で知る限り或程度帳簿上の操作もなされているようであるがそのことを以て市公社の責任者の一人である天井を責めることは酷に失する、柳澤市農協組合長と天井との間で脱税の協力、協議をした事実は全くなく、又左様なこともあり得ない、それは前陳の通り柳澤並に他の市議会議員及び天井も土地代以外の支出ができないことを知悉していたからである。

(12) 市公社の組織内容をみるに、書面を起案し起案者から上司へ市公社事務局長を経由して常務理事に提出されるのが通常のコースであり、天井は当時市の財政部長であつたから常務理事の一人に加つていたので、常勤の常務理事が別におり同人の手を経た後天井財政部長へ来るわけである。而も少くとも天井部長がみる前に財政部におる下僚即ち財政課の内専任の係が必ず目を通すのである。専任の係がみないでいきなり財政部長が決裁することは到底考えられない。助役、市長(理事長、副理事長)に至つては必ず特別の書類については説明を求める、盲印を押すようなことはない本件においても島田市長が十分理解しないまゝ承認印を押したと原判決は云うのであるが、左様な簡易な認定のできる証拠はなく下僚に一応聞きたゞしているのであり全くの盲印ではない。既に下僚が十分注意して見た上最終的に決済するのに止まるこの組織の運行状況は柳澤組合長は勿論その他市議会議員で理事を兼ねておる者は全員熟知している処である。

加之、当時は監事の〇度があり二人の監事が理事会の席にも出席し事情を直接聞知し、なお必ず書面については二人の監事が後で監査するのである。

この手続を省略し得ないことは勿論、市並に市公社の組織運行の問題で裁判所が認定する如く軽々に一、二の者によつて右組織の運営を乱して恣に脱税の補助などできるものではない、土地代と補助金の科目とは記帳が違うので簡単に誤魔化すことはできないのである。この点原判決認定の証拠はない。

(13) 福井市の場合には監査委員が三名おり必ず毎月監査する。地方自治法では他の委員会は、例えば選挙委員会、教育委員会等は夫々の委員で会を組成しているが、監査委員は各単独の委員自体で責任を持つているのである。市公社の監事も右監査委員と同様各自が責任を持ち、民法第五九条の職務を行う旨公社定款第七条の5(御参照)に定めている而して右民法第五九条の第三号により監事は理事の業務執行の不正を必ず調査する義務がある。

(14) そこで組織が如何に十分であり整備されていても悪事を働く者は働くのである。

逆に云えば悪事を働く者がおるから十分組織を完備しておくとも云えるが、悪事を働く者はその悪事に対し何等かの利害関係があるのが社会通念上当然で、何等の利害関係もなしに悪事を企てる者はいない。利害関係なく罪を犯す者はない。

(15) 本件において天井は勿論市公社の役職員は何人も本件により利益を得た者はない。

何等か利害関係がない限り犯罪を犯す者(過失犯格別)はないという考え方に基き、即ち犯行に欠くことのできない動機をみるに、本件においては全然見当らないのである。原判決はこの点につき、市農協側の柳澤は市議会の議長であり、その役員中には柳澤の外七名の市議会議員が在籍し所謂圧力団体であつたことからこれを動機の如く判示して本件を天井が犯した如く判示しているが失当も甚しい。

(16) 天井は福井市の職員の一人で職員としての身分を有する過ぎず、市議会議員が八人おつても市の一吏員がこれにこびる必要はなく、況んや必ず刑罰を受けるようなことを何等利害関係のない市農協のために節を枉げて実行することは考え得ない処である。若し実行したとすれば特段の事由を判示すべきである。市長は公選であるが市の一職員は市長補佐の責をつくせば足るので、理由なくその職務につき犯罪を犯す必要は少しもないのである。加之、天井の下僚が仮に誤つて天井の命に従つて枉法行為を犯したとしても監事は必ずこれを追究して明にすることは火を見るよりも明であり、福井市の組織の上からみても枉法行為を関係者全員が見逃す筈がないのである。そうすると助役の手許まで決済を受けるまでに発見される筈である。

(17) 恐らく本件が発見されず摘発されなかつたのは、市農協が明里土地の売渡人に対する関係で売買契約証と覚書の二本建にしたものであり凡ての手続が左様すゝめられた二本建の金額の合計額が土地代金で飽くまで土地代金として取扱われていたからである。公社の手続として帳簿上土地代金が他の科目に変更はできないので税務署がみれば二本建にしても土地代が他のものに変化していないので直ちに発見されることは疑う余地のない処である。

この関係をみないで二本建にしたのは市農協が脱税のために二本建にすることを依頼し天井はこれを受けてこれに加担したと天井の思いもよらない事実を基調として刑罰を科そうとする原判決には、福井市並に市公社の組織を誤解し公社定款並にその組織を深く検討せず盾の一面をみて他の一面を見ない重大な事実の誤認を犯したものであつて原判決は先づこの点において見直さなければならないものである。

(18) 特に不可解なことは第一次の売買契約証と覚書の二本建にすることが市長助役の決済まで受けておる以上その最高責任者を処罰するのであれば市長が処罰されねばならないのである。蓋し第二次の売買契約証と覚書は、覚書の一億四千万円中の四千万円を売買契約に移す作業に過ぎないのであるから、係としては第二次書面作成後第一次書面を添えて訂正したことを明にし理由を附して市長助役までの決済を求めるべきであつたのにこの手続を省略したことである。若しこの手続を省略していなければ恐らく天井を処罰することはなかつたと推考される。

(19) 本件は当初県と農協の癒着関係を中心に取調べていたのである、天井はその癒着の橋渡しをしたもの或は或程度癒着の事実を知つているものとして捜査をしていたのであるが結果は県は土地代として利息を含んで五億余万円を支出しこれを受けた市公社はそのまゝ市農協に交付して前陳の通り市公社としても又天井等個人としても厘毛も利得をしていないことが判明した、そこで前陳第二次の売買契約証と覚書を作成するにあたり既に死亡した島田市長の公印を使用したことが文書偽造罪に問われたのである。しかし単純に偽造罪のみを考えると前陳の事情から起訴すべきかどうかが問題となる恐があるので第一の契約証と覚書にしたことが天井の責任であると認定したのである。

(20) 而も偽造文書については天谷甚兵衛が使に来た時亡島田市長の名義で公印を欲しいとは云わず単に四千万円を書換えて欲しい旨を述べたのに止まり、天井も「できるならしてやれ」と云うたのに止まり亡市長の名義を使用するよう指図した事実のないことは勿論、天井としては亡島田市長の市公社用のゴム印が残つていようとは夢想だにしていなかつたのである(朱肉の公印は代々同一印を使用している)又島田市長当時の文書の書換にも二つの方法が考えられる

即ち 旧文書を直接訂正する方法(これは朱肉印のみで足る)

旧文書に当初に誤記があつたからという理由で正規の手続を経て訂正する方法

最も明確なのは前記の如く旧文書の数額の訂正をするため旧文書に訂正後の文書を添えて訂正理由を明にして稟議を求める方法である。

何れにしても本件の如く偽造する必要はなかつたのであり稟議を省略する理由もなかつたのである。

(21) 以上の諸点を総合考覆すれば原判決は天井が島田理事長並に山際副理事長両名が十分な理解をしない内に第一次の売買契約証と覚書を作成した趣旨の認定をしているが前示市公社の定款組織の運行の状況特に稟議のあり方等に照し不当も甚しい。即ち売買契約証と覚書は同時に理事長、副理事長の手許に回付稟議を求めているのであるから決済印を捺印するに先ち委細の事情を聴取し得たし、又聴取し得べき立場にあつてこれを看過したと云うことは到底考え得ない処である。

従つてこの第一次の二本建の文書作成の責任を天井に負わす認定は明に誤認である。尤も原判決は一七頁以下一本建によらず二本建にする経過を詳述し、二四頁以下に至り被告人天井が脱税目的とする二本建契約承認の認定を二八頁に至る間縷々説示しているが要は最後に決済した者は山際副理事長と島田理事長であり、決済書には正副理事長承認の押印がある以上当然その責は最高責任者である正副理事長に帰すべきものである。

殊に二九頁で原判決は天井が市農協からの更に一億円増額要求については、覚書の分中で賄つて処理してやれば十分である旨島田理事長に説明していることを態々摘示している。

本来土地代金と補助金とは全く別個の性質のもので公社としては土地代金のみ支出し補助金は市の一般会計から支出するものであることは既に関係者全員熟知の処で二者合流することはできないのである。

そこで土地代金で賄つてやればよいという趣旨は市農協としては名目は格別金さえ入手できれば足ると考えているものと天井と正副理事長も即断して左様諒承していたものと推察できる。

更に詳言すれば原判決は「この件は明里の土地代金の中で処理ずみであるという趣旨の説明が附陳され」と判示して(二九頁)いる、この判示によれば天井、正副理事長共に市農協の陳情(一億円)に対しては金さえやれば足るので名目は問わないと考えていたことを如実に物語るのであつて態々心にもない天井の脱税幇助のために二本建にしたという原判決の認定の証拠説明又は判示自体には勿合しないものである。極言すれば原判決の判示自体正副理事長も天井も共に二本建にして脱税を計ることなど夢想だにしていなかつたことを明確にしているものである。

(22) 真に補助金として一億円を受ける場合市農協には脱税の問題は起らず市公社としては二本建にしても土地代の支払であれば脱税に加担することにはならず土地代の中で処理するならば、それは正しく市農協の内部工作である。

要は二本建の趣旨が前陳の通りであれば脱税幇助の罪を構成しないこと火を見るより明である。

(23) かくして当初の二本建に付き天井に悪意なく後の二本建訂正即ち四千万円を売買代金に加えたことも即ち契約証と覚書の各金額を合算して土地代金とすることに考えていたとすれば「できるならしてやれ」というのは原判決の如く脱税幇助のための書換えでないことになり、単に文書の書換に止まり而も具体的に天井はその書換の方法を知らず、又稟議も経てない文書により天井の責任を問うことはできないものである。このことは上陳の福井市の組織上明である。

以上何れの点からみても原判決の認定に重大な誤認があり破毀さるべきである。

第二点

一、原判決には理由不備の違法がある。

即ち、

(1) 原判決はその二二一頁において「追加一億円は天井と柳澤、坪川との共謀による昭和四九年二月二七日附売買契約で定められた売買代金に対する一種の政治的加算金に外ならず天井のこれに反する主張はすべて理由がない」旨判示し更に同二〇一頁においても右一億円に触れ、政治的加算金であることを認定している。

(2) しかし福井県から増額された一億円は飽くまで土地代金で而も適正価格(一坪十一万円)で県が買取した代金の一部である。若し政治的加算金ならば土地代以外のもので補助的若くは助成的性質を有することになり税金の対象にはならないのである。そうすると市農協の柳沢と知事の話合中に何があつたかは知る由もなく又知る必要もないことで直接その交渉に当つた豊住総務部長と市公社の間では凡て土地代官で補助金的性質を有するものでないことは既に確認しており原判決もこれを認定している処であり政治的加算金とは全く異なるものである。そうすると原判決が右一億円を政治的加算金であると認定判示した点においては理由不備又は理由齟齬の違法を免れないのである。

第三点

一、原判決はその二二〇頁において被告人から柳沢、坪川に対し「農協から出された陳情書に基き市長査定の時持ち上げて市長の意思で県へ売渡す時一億円上乗せして交渉せよ」と云われて「おいことな目におうてもろうて来てあげたもんやざ、農協の役員さんがめんめんこんこんに云うてもらうと困るんや迷惑するのは役所やざ」「あんたの方で幹部の意思統一をしておいて欲しいんや」と申入れて坪川に「確認事項」と題する事実関係を、歪曲したメモを作成証拠隠滅の工作をなすよう働きかけた。坪川は右メモを作成し坪川、坂本、柳沢、前川、柴田等市農協の幹部役員間で意思統一を図つた旨(二二一頁)認定し証拠隠滅をはかり而も右メモによる意思統一は恰も天井が働きかけたように判示している。

しかし天井はかゝる証拠隠滅のために意思統一をするよう又はメモを作るよう勧めた事実は全くない、又かゝる認定の資料もない、即ち原判決には証拠に基かずして事実を認定した違法がある。若し仮に強いて証拠により認定したとすれば原判決は証拠を誤解しているものであると云うの外はない、そうだとするとこの重要な事項について原判決は事実の認定証拠の取捨並に解釈を誤つた違法があつて破毀を免れない。

第四点

一、原判決は本件の根幹をなす市公社の脱税幇助に付き重大な事実を誤解し事実認定をしている違法がある。

二、即ち市公社は市農協の依頼により市農協の売買契約と覚書の二本建にすることに協力しその内覚書記載の金額に付き市農協が脱税することに当初から同意し援助していた趣旨を原判決は認定しているのである。

三、しかし脱税を幇助するには契約証に掲記する土地代は格別少くとも覚書に掲記する金額は土地代以外のものとして市公社が取扱わねばならない、少くとも補助金的性質を具有するならば一般会計において処理しなければならない。

四、然るに農協に交付した金円は凡て土地代として市公社は取扱つており二本建にしながらも金銭の授受の面においては土地代として記帳し領収証も受領している。

そうすると税務署が形式的に如何に二本建であらうとも市農協において二本建にして土地代金と覚書の部分を区別しておいても買主である市公社を取調べれば直ちに容易に市農協の取扱が違法であることが発見できるのである。加之、土地代と補助金的性質の金円の取扱は市公社と市の一般会計と全然別個であるため原判決の説示を援用すれば「頭かくして尻かくさず」の結果となり土地代金を何等かの都合で二本建にしたことが直ちに判明することゝなる、税務署は二本建にしてあつても市公社は土地代以外の支払ができないことを知悉している。

五、右陳情の関係から市公社としては土地代以外の金円を出金した形式をとるか又出金しない限り真に脱税を幇助する意思があつたとは云い得ないのである。

即ち原判決には判決に影響を及ぼす右事実即ち重大な事実につき審理不尽又は理由不備の違法あるに帰し破毀を免れないものである。

第五点

一、原判決は市長事務引継事項書に当時の秘書課長山本務が記入した「一億円~二億円」なる記載部分も左程大した意味のあるものとは認められない旨判示して市長引継書を極く軽く取扱つた趣旨の判示をしている。

しかし市長引継書は重要なものであり殊に前島田市長死亡後の引継であるから原審の認定する如く取扱うものではないのである。

二、市長の引継書は後任者を拘束する重要な書類で一字一句もゆるがせにすべきでないのにその記載部分特に数字を十分審理しなかつた原判決には審理不尽の違法があるものである。

第六点

一、原判決は原裁判所の判断と題する項(一三七頁以下)の中でその一一四頁以下において天井の倉田検事に対する供述が真相に近く天井の自白内容が自己の体験を卒直に供述した場合に認められる具体性を有する旨の認定をなすに付き(一一四頁四行目以下)「十一月二六日大橋弁護士と接見後、いろいろと考えるところが出て来て真実を申し上げる気になつたと前置し遂に自ら積極的に且つほぼ全面的に事件の全容を卒直に自白するに至つたこと」中略一一五頁に至り「同弁護士に対し検察官の取調方法の不当を訴え出ていた事跡は全く見当らないこと(大橋証言33)」

を摘示している。

二、然し原判決の右判示には矛盾がある

(イ) 当弁護人が右面会したと裁判所が指摘している面会日は勾留中最後の面会である処、それまでは本件文書偽造並に脱税幇助の取調べはごく僅かで他の事案につき取調べ中であつたこと(詳細は後述)

(ロ) 天井の勾留は長期に亘りこの種の事件としては可成勾留も長く勾留延長後数日を経過しており逮捕後約二十日間に近い日数を経過していること、而もその間天井の取調べは殆んど本件以外の部分(後記の通り)で天井は当時非常に不安な気持に陥つていたこと、並に家庭の者とは全く接見を禁止されており色々と悩んでいたのである。当弁護人は起訴の直後保釈されるか第一回公判期日後まで保釈されないか不明であると告げている。

原判決は右(イ)(ロ)の事情から天井は通常でない心理状態に陥つていたことを度外視して特段の事情がなかつた旨判示しているが勾留して本件以外のことを取調べ、本件に付き取調べを進めない検事に勾留期間経過しても第一回公判まで釈放しない旨を告げられた天井にとつては当時どんな気持になつたか真相を顧みない天井の心理状態に目を向けない恨がある。これこそ書面審理に終始し真実を把握しないものである。

三、本件の真相を略述すれば左の通りである。

(イ) 天井は元財政部長であつた処その地位のために市公社常務理事にあてられていたもので、勿論県と市農協との関係には直接一切タッチしていなかつたのである。

従つて、県或は知事と市農協との関係は一切与り知らない処である。

(ロ) しかし当時の新聞紙或は巷間の噂は知事と市農協との間に特別の関係がある如く宣伝されていたので、福井警察署は一応調べる必要があり、その調べる方法としては市公社が福井市農協から買い受けた土地を県へ売却した事実があり同売買に天井が関与した形跡があるので何等かの関係があり、市農協と県の間に一脈通ずるものがあるとの推定のもとに捜査を開始したのである。

右捜査は確証あつてのものでないから真実発見のためにあつたので福井警察署は終始任意事情聴取の方法に止めたのである。(勾留はしなかつたのである)

(ハ) 処がその間に市公社が市農協から本件明里の土地を買受け登記後に更に一億円土地売買代金の増額があること、その一億円は市公社が福井県へ売却する際の土地代金で一億円増額されているのでどうも怪しいと推考されたのである。

(ニ) しかし詳しく吟味してみると、市農協から市公社へ、市公社から県へ何れも土地代として授受されている処最後に県から市公社に支払われた総代金利息計算の上五億数千万円余は県から市公社が受領しそのまゝ市農協に支払われており、金額については聊も疑問を差しはさむ余地のないものである。処が市公社と市農協間にの取引については売買代金と覚書の二本建になつており而も覚書と売買契約証は後に島田前市長死亡後に書換えられ、書換の書類には故島田市長のゴム印が使用されているので公文書偽造の疑が濃厚である。

(ホ) そこで福井署としては県並に知事には何の疑もないが右故島田市長の死亡後同人名義で作成した有印公文書の偽造の点のみ問題として送検したのである。

(ヘ) 尤も送検に当り、天井及びその部下を調べた処何れも天井の命を受けて右偽造文書を作成した旨供述し、自己の責任一切を上司天井に転化していたのである。

(ト) 福井地検は福井署から右記録を受けて、土地売買契約証と覚書の二本建にしたのは脱税目的であり。

市農協は脱税目的を有していたことを認め、脱税部分について申告の修正をしている。即ち市農協の脱税目的の二本建は明確であり、

これに加担した者は市公社の職員である、そうすると市公社の職員はその責任を個人で負担することを免れるには上司の命令によると弁解した(この間の関係は既に第一点で詳陳しているのでこれを援用しておくに止める)

検察庁としては二本建を重視し一方市が市農協に助成するには、その農家戸数と耕地面積に応じて助成し得る旨の規定が存在するに拘らず市農協では土地代の一部を助成のためにもらつたように強弁した者がおることから、更に何等かの問題が潜んでいるのではないかという疑問を持つた。

(チ) しかし最小限度市公社において市農協が脱税するにつきこれを援助したかどうか(幇助したかどうか)又二本建は脱税のためのものか、後の二本建証書には故島田市長名があり、これが有印公文書偽造に該ることは既に警察で明になつておる。

従つて最も安心して起訴し得る事案としてその最高責任者とみられる天井逮捕に踏み切つたのである。

四、検察庁は逮捕してみると警察の供述調書があるのでその方の訊問よりも県並に知事と市農協の癒着関係を取調べることに専念したのである。

前記公文書偽造と脱税のみの起訴で終るのであれば天井がこれにどの程度加担していたか或は命令していたかを訊問すれば足るので左程の時間は必要でなかつたのである。

しかし逮捕から当弁護人が勾留中の天井に数回面会し最後の面会を終えるまでは県知事と市農協の癒着関係を天井から聞き出すために専念していたのである。このために当弁護人が天井に何回面会しても訊問の方は少しも進んでおらず問題の核心に触れておらなかつたのである。

天井は当弁護人に何を調べられるのかわからんので困つていると云い

当弁護人も天井の問即ち何を調べるために勾留してあるのかと不思議に思い

両者疑問の内に徒に面会を重ねていたのである。当時の状況は田村検事正殿さえ当弁護人に対し他の者は自供しているのに天井一人がわからんことを云つている、そうした結果は天井一人が実刑になる可能性があるという趣旨のお話があり、何のことかわからないので当時の豊島次席検事殿倉田検事殿に聞いてみた処、天井の下僚を調べると必ず役所へ帰つて報告する、それが邪魔になるので勾留をつゞけておるといわれた。

福井市役所の方を調べた処、総務部長(確か稲田氏と記憶する)が役所の人間が警察検察庁へ出入するのは訊問であれ参考人であれ公務の内であるから一応誰が何時出頭し何時帰つたかを記録に残す必要上聞いているので事件のこと又は訊問の内容、捜査のことまでは別に聞いていないとのこと、結局五里霧中で当弁護人も困惑していたが天井も困つていたことは確かである。

勾留中何のことか身に覚えのないことを訊問される程困つたことはなかつたと思うのである。当弁護人が最後に面会した後天井は検事に対し従来否認していた二本建、後の二本建は公文書の偽造である旨の下僚の陳述を認める趣旨の言質をとりその趣旨に副う文書に署名捺印したのである。原判決は右文書を天井の自供調書と認め下僚の供述を凡て事実を述べているものとして天井の責任を問うているのである。

このことが当初に述べた下僚の保身のための暖簾供述であり天井はその供述に見合う供述をさせられた所謂衆口金を溶かす供述となつたのである。しかし事実は既に詳細上申した通り天井の真意に基かない上申であることは明であり下僚の供述も真実に反するものであることは供述者も下調検事も知つていた処である、原判決に既に弁護人が説明上申した処と組織のあり方を正視されれば思い半ばに過ぎるものがあると確信する。

五、検察庁としては当初に戻つて二本建の文書を故島田市長の署名ゴム印を利用して作り替えたことを天井の責任として脱税幇助をしたことを起訴する準備をされて幇助を起訴し、本犯は国税庁の告発をまつて柳沢を起訴されたのである。本来なら脱税の事実を認めてその課税分を納入してしまつた市農協は起訴のための告発はされないのが普通の処理である。検察庁の要請により告発したと承つている。

六、原判決は右の事情を審にすることなく、一一三頁によほど特段の事情がなければ検察官の云うがまゝに供述することがない旨判示している。その余程の事情というのは右勾留中の天井の気持、心理を全く理解しない判示であると云うの外がない。

七、本件においては公文書の偽造即ち故島田市長名の署名ゴム印を同市長死亡後に使用したことが公文書偽造罪に該り、これが天井の責任であるかどうかさえ審理すれば足る事案であるのに、天井の全く関知しない又起訴する意思も事実もない即ち県の市農協との癒着関係事案の審理に検事は終始し、荏苒日を費していたことが結果的には被告人天井を不安のどん底に陥れ所謂「特段の事情」を生起したのである。

八、この際天井が何故不安に陥つたか検事の訊問は思わぬ方向に向つていたかの事情を解明する。

(1) 天井としては市農協が不用になつた本件明里の土地を福井市に売却することを決定しその旨福井市に知らせた、偶々市公社では明里の土地の先行取得を考えていたが、用途が駐車場であるため附近の発展に役たたないという同地方住民の意向であつた処、県の方で本件土地が必要だということで県へ売渡すことになつたのである。

(2) 市農協は市公社にのみ売渡し、県へ直接売ることを考えていなかつた、市農協は農協出身の知事と癒着ありと巷間に伝えられることを恐れていたからである。

そこで市農協から単価坪九万円合計三億八千万円では不満で更に一億円を補助金として欲しい旨の希望があつた、しかし市としては既に一億円の補助金が十回払であるが確定しているので更に一億円を補助することはできない、しかし県からの土地代をそつくり市農協へ譲渡するから県との交渉で補助金が出るならそれを差上げようという話になつた。

九、しかし県は飽くまで土地代金は公正妥当な単価であれば買受け土地代金は支払うことはできないということであつた(この関係は天井と豊住部長間で話合ができている)

一〇、そこで話合の経過、並に市公社、天井の立場、故島田市長の立場等間の話合の模様並に新旧市長の引継ぎの状況を明かにした書類が原審に提出されている、当弁護人はこの点にのみしぼつて控訴裁判所が御調べの便宜に供するためその写を別紙の通り添附する。(編者注、別紙省略)

(イ) 陳情書綴(市農政課)領437の89

(イ)の一 昭和四五年一月二七日付島田市長と市農協合併対策委員長山田等間に農協センターの建設費に対し三分の一を下らない額を助成するよう努力する旨(覚書1の(1)項)の約束があつた覚書

(イ)の二 右に基づき昭和四八年二月六日受付市農協から本所事務所の建設についての事業費の三分の一の助成を求めて来た陳情書(1項)

(イ)の三 昭和四八年十一月二四日付市農協から本所建設に伴う補助金増額について(1項)陳情書が提出されている。

(イ)の四 昭和四九年一月二四日受付市農協より本所会館建設について(1項)具体的に更に一億円助成方の陳情書が提出された。

(ロ) 昭和四九年十月一日付新旧農林部長の交替による事務引継書中(2項)昭和四九年一月二四日付補助金一億円の増額要請については具体的万策は未解決の旨記載してある(領437号の91)

(ハ) 福井県各課の昭和四九年度(当初)歳入歳出予算要求説明書

(ハ)の一 婦人児童課(領437の116)

坪単価九万円で福井市土地開発公社より購入する旨要求されている。

(ハ)の二 中小企業課(領437の115の2)

同課が坪単価九万円で予算要求し婦人児童課と競願になつていた事実 メモ書あり

(ハ)の三 管財課(領437の121)

知事査定の結果婦人児童課、中小企業課両課の要求に対し管財課に移管して物産観光センター建設用地取得費が坪単価九万円で計上されている。

(ニ) 福井市農林部農政課の昭和四九年度一般会計歳入歳出予算見撰書(領352の41)

昭和四九年一月二四日福井市財政部長査定の場に於て農協会館建設補助金増額の陳情書が提出され近藤農林部長より要求された折明里の土地の件で天井が話をしていたことを財政課員野田がメモしている。

(ホ) 昭和四九年二月五日市長査定の場に於ける農政課No.26に立合つた小島収入役がメモ書している(領437の116)

補助金増額については研究と書かれている。

(ヘ) 昭和四九年五月一五日新市長に対する農林部農政課の事務引継書、市長事務引継書(領437の 111)大武市長のもの。

(ヘ)の一1. 農協会館の建設補助金増額要請について、大武市長が自ら筆跡で二〇〇(百万円)(土地代一億円)と記しており天井が新市長に明かに引継していることを示すもの。

(ヘ)の二 市長事務引継書(領437の163)小島収入役のもの

市長事務引継に立合つた小島収入役が農協会館建設補助金増額要請については農協売買の中で解決していきたい旨天井が市長に述べていることを示すもの。

(ヘ)の三 市長事務引継事項(領437の109)山本秘書課長

引継事項(50)で農協会館の建設助成についての項で一億円~二億円と記している。

注 原判決はこれを無意味なものと判示している。

一一、以上の公文書による経過によつて、

(1) 本件の契約書と覚書の二通の書面ができた由来

(2) 更に一億円を市農協が補助金として要求していた事情

(3) 市としては右市農協の助成金要求には応じられない事情から県からもらえればそのまゝ差上げるが県はこれを土地代で一億円増額して市公社に支払つた。

(4) 右増額一億円を市公社は市農協に渡すことにより四九年一月二四日受付の市農協の会館建設補助金増額一億円の要求に応え県、市、市公社、市農協の一連の土地売買の中で、故島田市長生前の意思決定に基づいてまかなつた事実経過。

(5) 天井は県の豊住部長と折衝したが県と市農協の幹部との話合には全然参加していないことの各事実が極めて明白となつた。

一二、原判決は「天井が下僚に対し二本建の契約を命じ脱税の幇助をした」旨認定している処右二本建契約は公然と正式の稟議決済を経ている。検察庁の取調べでは殆ど二〇日間の勾留中に各下僚の取調べはしているが(これも倉田検事以外の検事が担当している)天井の取調べは前陳の如く本件に直接関係のない方面の訊問に終始し、当弁護人があと二日であるから最早面会の必要もあるまいと最終面会が終わつた翌日から急いで本件に対する取調べをなし自供調書ができているようである、捜査段階の自供調書が信用できるか最後の調書が信用できるかどうかは取調を受けている者の心理状態が平静であったか弁解しても真実が認められそうもないと諦めた場合の何れであるかにかゝつていると思料される。

一三、要約すれば原判決が一一五頁において

「同弁護士(大橋を指す)に対し検察官の取調べ方法の不当を訴え出ていた事跡は全く見当らないこと」と認定しているが警察における取調べ当時の指揮者は坂下警視刑事官で同人は温厚な性格である。倉田検事も決して悪い方ではないが上司の命に従わねばならない従つて県と市農協の癒着関係を取調べるよう命令を受ければその取調べをしなければならない。

倉田検事としては既に天井については下僚の訊問の結果善悪は別として又証拠の価値判断は別として起訴しようと思えば後の二本建書面が公文書偽造である限り雑作なくその点で起訴できる状態にあったのでゆっくり安心して勾留期間一杯前記癒着関係の訊問に専心できたのである。

一四、被告人に自供を求めるに当り殴る蹴るたゝく等暴力を用いなかつたということで強制拷問をしなかったことにはならないのである、被告を不安のどん底に陥れ立つても居てもいたたまらない状態に追い込んで自供を求めることも不法な取調べにあたることは云うまでもない。

訊問は順を追つて被疑者が認めざるを得ない状態に各書証を解釈しこれに基いて追い込みをかけ又被疑者の全く知る由もない事実を述べるに至つては真の自白とは云えない、原判決は下僚の供述を基にして被告が罪の一切を一身に引受けたとみるべき不自然さもないと認定しているが(一一五頁)その「不自然さ」とは何を指すのか明らかにしていない、当弁護人は下僚が検事の思う通りの供述をしなければ供述者の起訴される状態において取調べた結果が不自然さを生んだとみるべきではないか。

一五、上来述べて来た処を顧みれば当弁護人の証言が被告人に刑を科する資料の一に数え上げたことは洵に遺憾であり事実の真相を把握しようと努力しなかつた重要な事実の証拠判断の誤りと云うべきである。

一六、当弁護人が福井市の監査委員として本件の市公社と市農協との話合の進行中監事をつとめた他の二名の監査委員を除き別個に市長名により天井の下僚について一応事実を聴取した。

その際は必ず市の首脳部(市長助役を除く)の方一名以上の立会を求め真実を聴取した、その際の模様は一応明にしてあるが更に一言附言すれば、私としてはどういう結果が出ても調べにあたつて市役所の職員としての地位を奪うようなことはしないから真実を聞き度いということを前提として、各人の云い分を聞いた。その際天井の命を受けたという者はなかつた、只天井の行動、市長以下上層部の空気からみて訂正して差支えないと思われた。そこで、訂正では余り書面が醜くなるので売買契約証と覚書を書替えて市農協の希望に副うた方がよいと判断した、そこで書類を書換えたというので偽造しようという悪意の者はなかつた。或は言外に天井の意向を察知したという者もないではなかつたが、その書面が脱税のために作り替えるということまでは思いもよらなかつたというのが最も多数の供述であつたと記憶する。

長々と事情を述べたのは天井が原判決認定のように下僚に明示の命令をした事実はない経緯を明にするためである。

一七、下僚が天井の意向或は市の上層部の空気を察知して、天井並に同上層部の全く知らない故島田市長の署名印を使用したことには悪意はなかつたと推認できる、前市長の署名印は死後直ちに潰すのが当然であるし従来も左様に取扱つてきた。

要は第一次の二本建契約証、覚書が市長助役の稟議がすんでいるのでその一部を作り替えたのに過ぎないから取扱者は軽く考えていたのである。

原判決は左様な点を考えて第一の契約証、覚書まで天井の意図により市長助役等を騙したように判示しているのはどう考えても無理である。

従つて全責任を天井に負わせた原判決には破毀しなければ著しく正義に反する重大な事実の誤認がある。

註、選挙違反における訊問については選挙に関し金銭の授受饗応のあつた場合趣旨否認、証拠上明示の授受目的について明確な問答がなくてもこれを推認するに足る証拠があれば有罪を免れないのが通常の取扱い方で当弁護人も左様な場合事実を争わないで専ら情状のみにつき証拠提出弁護につとめている、即ち選挙違反の場合には少くとも選挙に際し金銭授受饗応等をした者は明示の供述がなくても違法の認識があるのが通常であるからである。

しかし本件の場合天井は勿論実行行為を担当した下僚も共に違法の認識は心中になく殊に第一回の契約証及び覚書が故市長の決裁までなされているので第二回目は易々諾々と何のこだわりもなく市農協の希望に副つたのであると推定するのが当時の実情であつた。

調書中に色々と考えたようになつているが殆ど全員軽い気持であつた、福井市において本件に関与した者に対しては全員行政罰を科したのである。

その理由は公文書を稟議を経ないで濫りに作成したからである。

市長以下局長、課長、上司であつた筑田、天井、市長自身にも監督不行届として減給処分に付したのである、しかし局長、課長が最も重かつたのである。

かくして検事の訊問にあたつては若し天井の命令がなくして実行行為を担当したと云えば刑罰を受けること必至であり法廷で求められる証言なれば拒否できる場合に相当するに拘らず「天井の命に従つた」と供述すればその一言で刑事処罰を免れることは火を見るより明らかであり唯一無二の有力な武器であつたからこれを使用しない者が果たしてこの世に存在するであろうか。

裁判所におかれてはこの問いの事実の審理を賜り真相を明らかにされるよう切望するものである。

別紙の通り

右開陳する。

昭和五八年六月二五日

右弁護人 大橋茹

名古屋高騰裁判所金沢支部 御中

控訴趣意書

被告人 天井定美

右に対する有印公文書偽造並び法人税法違反幇助被告事件についてさきに福井地方裁判所が言い渡した判決に対して申立てた控訴の趣意は左記のごとくである。

昭和五八年六月三〇日

右弁護人 佐伯千仭

名古屋高騰裁判所金沢支部 御中

原判決は、被告人が起訴された有印公文書偽造(第一公訴事実)及び法人税法違反幇助(第二の公訴事実)の事実について、被告人及び弁護人の主張するごとく斥け、すべて検察官の主張する通りの事実認定を行つた上、被告人に対して懲役一年、二年間その執行を猶予する旨の判決を言渡した。しかし、以下詳説するように、書庫取捨を誤りあるいは争いの予知のない客観的事実を無視した事実誤認に基づくものであるから、とうてい破棄を免れないものである。

第一点 原判決の有罪認定は、全然間違つた前提事実のうえに組み立てられたものであるから、とうてい破棄を免れないものである。

一、原判決は「罪となるべき事実」の冒頭において、昭和五〇年一月二五日ころ、重ねて来訪した市農協の天谷に依頼された市公社の事務局長岡藤は、同公社総務部長の「後藤とも相談のうえ被告人天井の指示を仰ぐこととし、天谷、後藤を伴つて市役所内の財政部長室に赴」いたと述べ、そのときの模様について次のように判示している。

「同所において、天谷が被告人天井に対し「四九年度の決算を組む段階でいろんな経費の関係から明里の土地について六〇〇万円あまり赤字が出てしまうことが判つてきたが、それでは都合が悪い。この土地を売って赤字になるような決算を報告するのは組合員に申し訳ないし、第一、説明も出来ないので覚書の一億四、〇〇〇万円を減らして、それは埋立て補償費という名目の下に売買契約書の方に入れ、表に出すようにしたいのです。そのために契約書と覚書を作り直して頂けんでしょうか」と要請し、更に覚書中に残る一億円と後日支払われることが予定されている一億円について被告組合としては税務署に申告しないで裏で処理するつもりであるから市公社の方も税務署に報告しないようにしてほしい旨要望し、もつて従前の公文書たる土地売買契約書および覚書の作り変えによる偽造を依頼するとともに、覚書中の残額一億円と後に追加支払される予定になつている一億円については、福井税務署に対し市公社から支払調書を提出しないで、被告組合の逋脱に協力方幇助して欲しい旨の依頼をなしたところ、右依頼を受けた被告人天井は、その依頼が被告人柳沢ら市農協の最高責任者から市農協の業務に関し発せられたものであるが、既に市農協において当初から本件土地売買につき二本立て契約方式により、覚書分の一億四、〇〇〇万円を裏で処理し、その脱税を企図していたことを知悉していた関係上、その土地勘定に赤字が出たので、右覚書中の四、〇〇〇万円については市農協としても脱税をあきらめて公表経理に上げる処理をせざるを得なくなつたものの、なお覚書中の残り一億円について所期の脱税目的を確実に達成するため、右経理処理に即応して従前の土地売買契約や覚書を作り変えて偽造する必要に迫られており、なお、自己の福井県への働きかけなどにより市農協に対し早期に支払われる予定であり、かつ、同月二三日の市公社の理事会で補正予算が可決済の追加一億円についても市農協が公表経理に上げないで脱税する意図であることを直ちに察知し得たわけであるが、敢えて右偽造を行つたところで、二本立ての金額を合計した全体の金額に変動をきたすわけではなく、もとより市公社がそれによつて格別不利益を蒙るわけでもないうえ、前記のように当初の二本立て契約方式の承認という形で既に市農協の脱税工作に協力している手前、事ここに至つたからといつて今更強く反対する理由もないため、右各公文書の偽造と合計二億円にのぼる脱税幇助の協力依頼に対し全面的に応ずることを決意し、岡藤らに対し、「農協も困つているようだから、そうしてあげねえの」と返答し、天谷の要請にこたえ、土地売買契約書および覚書の各偽造と支払い調書不提出による合計二億円にのぼる被告組合の脱税に対する幇助をなすように指示し、ここにおいて土地売買契約書および覚書の各偽造につき小寺、坪川、天谷、岡藤、後藤および被告人天井との間に順次共謀が成立するとともに、被告人天井による被告組合の合計二億円にのぼる脱税幇助の言質が天谷に与えられた。」

これによれば、(一)天谷は、被告人天井に対して、公文書である売買契約書と覚書の作り変えによる偽造と、右偽造された覚書分及び追加支払分の各一億円(計二億円)についての税逋脱の幇助を依頼し、天井は情を知りながらこれに全面的に応じたものであると認定されていること、さらに、(二)天井がこのように天谷の依頼を承諾したのは、実は、それ以前に本件土地を市公社が市農協から買受けた際、市農協が売買契約書と覚書との二本立て方式を要求したのは、その時から既に市農協では覚書分について脱税する目的だつたのであり、天井はそのことをよく知りながら敢えてその脱税工作に協力していたからであるとされていることが明らかである。しかし、このような原判決の事実認定は全く誤りであつて、まず、(一)の天谷の依頼も、実は単に前の売買契約書の数字では決算が赤字になるので、農協の経理上、赤字が出ないように覚書の金額一億四、〇〇〇万円の中の四、〇〇〇万円は埋立補償費である旨を明確にしたいから、お願いしたいということだつたのである。天井からすれば、始めから、地主対策で二本立てにしたものの両者を合わせた金額が土地代であることは明瞭なことだから、そのような金額の修正は、事務担当者の方で文書訂正の方式に従い稟議決裁を受けるという手続をとれば済むことだろうと軽く考え、藤岡等に、よく検討して、そのようなことができるなら、してあげるようにと答えたのであつて、それが正規の文書訂正の手続も経ずに勝手に偽造されることなど夢にも考えなかつたのである。また、そのとき天谷の口から脱税幇助の依頼を受けたこともないのである。しかし、この点については、次に第三点で詳論することとし、ここでは(二)の当初の二本立て方式をとつたこと自体が市農協の脱税工作であつたとか、それを天井が承知しながら協力していたのだという原判決の認定の誤りのみに問題を限定する。

原判決が右の(二)のような認定をしたのは、そのような前提事実なしには起訴された文書偽造や脱税幇助について、天井を有罪とすることが難しかつたからである。逆にいえば、この前提事実が崩れれば、起訴事実についての有罪認定自体が土台を失つて崩壊する運命にあるのである。それだからこそ、原判決は、右の罪となるべき事実の判示に先立つて、まず、「犯行に到る経緯」と題して、判決の冒頭から数十頁を費して、右の前提事実を構成しなければならなかつたのである。しかし、そのような前提事実の認定は、原判決が検察官の主張に引摺られて、有罪の色眼鏡で事件を見たために、正しい証拠判断を誤つた結果であつて、全く真相を見誤つたものである。

二、まず、第一に市農協が昭和四九年二月二七日、本件明里の土地を市公社に売渡した際に二本立て方式をとつたときに、既に覚書分の一億四、〇〇〇万円を裏で処理し脱税を企図していたという認定そのものが、検察官に対する関係者の迎合的供述をそのまゝ借信したために生じた重大な事実誤認である。

(1) そもそも市農協が二本建てを要求することになつた主な理由は、原審第二回後半で副組合長であつた坂本秀之が証言しているように、むしろ、問題の土地がもともと農協会館を建てるという約束で旧地主から坪五万二千円ないし五万三千円という安い値段で買受けたのに、その会館建設の約束を反古にしたうえに市公社に、坪九万円もの高い値段(時価としては相当でも)で売つて儲けたと非難されるのを避けるために―事実、旧地主からは会館建設の違約について市農協に対する非難の声があがつていた―坪九万円といつても、市公社に対する売値は旧地主から買つた値段とそれに登記まで地主の負担した税金を加えた額であつて、それとは別に覚書にあるように「会館建設の助成金を市公社から出して貰つたのだという形にした方が、旧地主対策としてもまた一般組合員感情としてもいいのじゃないかという考え」からだつたのであつて、現に、市農協組合員に対してもそのような説明をしていたのである。譲受けた市公社側の天井ら幹部としても、当時この種の取引では二本立て方式は珍らしいことではなかつたので、そのような旧地主対策という理由で二本立てにしたいという市農協の要求をその通りに受取つたのである。原判決は、これに反して、当時の市公社事務局長上田三郎の自己弁護的な供述のみに基いて、市農協側から脱税目的で二本立てにしたいのだと打明けられ、それを上田がそのまゝ天井に伝えたと認定しているけれども(二五頁以下)、歴とした公務員でありしかも市財政の責任者である天井に対して、市公社の事務局長ともあろう者が公共用地として市公社が取得する土地代金の一部を脱税するために二本立てにして呉れといわれたとぬけぬけと述べて承認を求めたという話の筋自体が余りにも非常識であり不自然である。原判決がどうしてこのような不合理な上田だけの供述を措信したのか誠にいぶかしい限りである。

(2) そもそも市農協としても明確な脱税意図を固めていた訳ではない。もっとも、当時の市農協一部関係者の中には、土地代の一部を農協会館建設補助金という名目で貰えば課税対象にならずに済むのではないかという希望的意見があつたのは事実のようである。しかし、市公社からは補助金は出せないのだということを分つていた者もあり、農協全体としての一致した方針はなかつたのである。そのため、最後の四九年二月二六日の市農協理事会でも、なおその点が論議せられており、副組合長の坂本は「市から本所会館建設資金として助成をしてもらうということで税の対象にはならないことになつています」と述べたが、理事の中から「課税対象」についての質問があつて、これに対して専務理事の坪川が、覚書分について説明し、その分の「一億四、〇〇〇万認めてくれればならない」と答えているのである。(市農協昭和四九年二月二六日理事会議事録)。そしてこの坪川の「認められれば払わんでよい」という言葉の意味については、坂本が原審第二回公判廷で、「税務署に相談して認められれば税金はかからんという意味だろうと思いました」と証言しているが、当時の農協側の意識は正しくそのような程度のものであつたのである。すなわち、市農協側としても、当時、覚書分についても税務署に対して秘匿する意思はなかつたのであつて、むしろそれを見てもらつたうえで、その分については課税対象からの除外を認めてもらおうという方針であつたことが明瞭である。原判決は自らもこの理事会議事に言及しながら、そのときの議事録中にこのような質疑応答が記載されているという客観事実を無視してやみくもに市農協が当初から二本立て方式によつて覚書分の一億四、〇〇〇万円を秘匿し脱税する目的で動いていたものと断定しているけれども、それが市農協の実情を誤認したものであることは明らかである。むしろ坂本が、覚書分の支払前頃に、「一億を公社の方から市の一般会計に入れて補助金として出す訳けにはいかないか」という話をもちかけて、天井に「ダメです」と一蹴されたという話(五一年一一月二四日五項)は、当時の市農協幹部の何とか適法な仕方で一億円を課税対象から外したいという願望と動きを示しているように思われる。農協としての当時の態度はそれ以上のものではなかつたのである。

(3) 原判決は、以上のような市農協内部の誤認しただけでなく、更にそれに基づいて、天井が上田の報告を聞いただけで、簡単に、市農協の脱税工作に協力するのもやむ得ないと即断したと認定しているが、それが誤りであることも明らかである。天井が、本件土地代が坪当り約九万円というのは当時としては安い価格であつたので市農協の気の変わらないうちに購入するのが得策だと考えてそのような事務処理をさせたということは事実であろうけれども、市農協が覚書分について脱税するつもりでいるという意識は―市農協自身にそれまでの意思はなかつたのだから―当時の天井にも勿論存しなかつたのである。原判決は、天井はそれに気づきながら「公社が脱税するわけではない」のでと気楽に考えたのだというものの如くであるが(二六頁)、当時の客観的状況は、坪九万円という安価で売却しながら、その土地代について坪当り二万円以上も脱税をすることなど、常識的にも想像できないことだったのである。何故ならば、当時(四九年初め)、本件土地の地価が九万円を下らないことは、公知の事実だつたのであつて、それが坪五万円そこそこで売買されたといつても通る状況ではなかつたのである。このことは、当時この土地の取得を希望していた県の中小企業課や婦人児童課の各四九年度当初予算要求説明書にも、本件土地を「坪単価九万円で福井市土地開発公社より購入」する旨記載されており、県管財課からも同様な予算説明書が出されていること(弁二九、三〇、三一号証)をみれば明らかである。市公社の買取り価格が坪九万円であることは、もはや、市農協の手で隠しようがなかつたのである。このことは、特に財政部長たる天井には明白すぎる程明白な事実だつたのであつて、二本立て方式の契約をしところで、それで坪単価九万円で市公社が買つたことを隠蔽できるであろうなど、同人としては思いも及ばないことだつたのである。天井は、「市公社が脱税するわけではなし」と簡単に考えて看過したのでなく、市農協がそんなごまかしようのない愚かなことをしようなどとは思わなかつたこともなかつたのである。

(4) 右のことは、さらに、市公社の側におけるこの買取りについての事務処理の仕方をみれば一層明らかである。すなわち、市公社では、当初から売買契約証分と覚書分を合計三億七六、五七三、一九二円が「土地買収費」(四九年二月二日付決裁伺書)であり、「用地取得額」(同上、記)として決裁されており、その後の土地売買契約証分及び覚書分の実際の支払いに当つても、すべて明里の土地代として処理されているのである。すなわち、原判決が脱税目的で作成されたという覚書の一億四千万円も、市公社では、四九年九月二一日、「明里用地売買代金支払いに充てるため、公共用地買収資金」という名目で市農協から借入れたうえで、市農協に右土地代金として支払つていることは、原審検察官すらも認めていたところである(原審検察官論告九九頁)。なお、後日、同用地を県に譲渡するときに作成された大武市長と豊住県総務部長との間の覚書の案にも、「乙(市公社)が福井市農業協同組合にすでに支払つた三億八一、四二二、四五四円および乙が同組合会館建設補助金として支払予定の一億円を含めた四億八一、四二二、四五四円とする」とあつて、売買契約証と覚書分との合計額が記載されているのである。市農協で、仮に覚書分を脱税しようとしても、売買の相手方である市公社の経理関係の帳簿や書類を調べれば、それが土地代の一部であることは、明々白々なのであつて、税務当局が買手たる市公社について調査すれば直ちに看破される状況にあつたのである。かような公社の実状をそのまゝにしておいて、市農協の側だけで覚書分の脱税を企てたとしても、それこそまさしく「頭隠して尻隠さず」でそのような愚かな行為を、市農協の幹部がやろうとしているなど、天井が思いつかなかつたとしても、それは当然のことであつたといわなければならない。かようにみてくると、原判決の前提事実の誤認は明らかである。

三、次に、原判決は、市農協から昭和四九年一月二三日に福井市長に宛てて提出された本所会館建設補助金を更に一億円増額せられたい旨の陳情書について、それは農協専務理事坪川均が独断で右の二本立ての契約交渉を側面から円滑かつ有利に進めるための布石として作成し農林部農政課に提出したものであつて(一七頁)、被告人天井もそれに応じて二月四、五日の島田市長の予算査定のとき、近藤農林部長からその話が持出されたとき、「この件は明里の土地代のなかで処理解決ずみであるという趣旨の説明」をし、市長は十分理解しないまま「うんうん」とうなずいた程度で済んだと認定し(二九頁)、結局、右の一億円増額陳情は「覚書」の一億四千万円で片附いたのだと判示するのである。これが、二本立て方式による市農協の脱税工作に天井が加担したのであるという原判決の認定と結びついていることは明らかである。さらにこのような認定をしたために、後で県が本件土地を市公社から買取る際に、市公社の買取価格に更に一億円増額した四億八一、四二二、四五四円で買取り、その一億円がそつくり市公社から市農協に渡された経過の説明がつかなくなり、この追加された一億円は、右の一月二三日の陳述書とは全く関係がなく、柳沢や天井らが画策して県から引出したえたいの知れぬ「政治的加算金以外の何物でもない」(一九九頁)などという認定となつていき、原判決の事実認定全体をいよいよ歪んだものにしているのである。

しかし、右の一月二三日陳情書は天井を含む市当局者には、それに書かれている通りの農協会館建設補助金を更に一億円追加して貰いたいという陳情として受けとられたのであつて、且つそれを査定した島田市長の意向は、前に出した分以外に補助金は出せないが、もともと県に譲渡する予定で買受ける明里の土地の問題を処理する過程でそれも解決しようということで「懸案」(今後の研究課題)としておくということになつたこと、それを受けて、天井としてもその後重ねてそれを要求してきた農協副組合長の坂本や四九年三月組合長となつた柳沢に対しても、県に対する譲渡の際に四億八千万円という適正価格で買取ってもらうことで解決するというのが市長の腹であるから、その問題については農協の方でも県と話して呉れたら「県に売れた果実は農協に渡します」と話しており、実際その通りの経過をたどつたこと(天井五一年一一月一日付検面一六項、一七項、但し一一月二七日付検面二項以下では、こういう意味で述べたことが無理にねじ曲げられている)右の一月二三日付の会館建設資金一億円増額の陳情が、本件明里の土地代中の覚書分の中で賄われ処理済みになつたという事実はなく、むしろそれは島田市長死亡後その後任の市長となつた大武氏にも「懸案事項」として引継がれ、更に前記のような経過で柳沢の県への働きかけ、その連絡による天井の県との交渉の結果、県は市公社が買受けた代金に更に右の追加陳情に見合う一億円を上積みして買受け、市公社はそれをそのまゝ市農協側に支払うということで解決されたのである。この県が買受けるときに上積みされた一億円は、決して原判決のいうような柳沢と天井の画策によつて引出された正体不明の政治的加算金などではなく、正にさきの一月二三日付の補助金増額陳情が、右のような経過を通つて、四億八千余万円で本件用地を県に譲渡するという過程において、土地代という形で解決されたのである。但し、この追加一億円を市公社から受取つた市農協の経理が甚だ不明朗であつたという事実が、種々世の疑惑を招き、本件にまで発展したのであるが、それは農協内部のみの問題であつて、そのためにそれを支出した県やそれを取りついだ市公社の取扱いには―右一億円について市農協との間に文書を交わしておくことを怠つたという事務上の手落はあるが―何の不正も存しないのである。なお、原判決は、市長査定の席上、事情がよく分つていない島田市長に対して、被告人天井が、右の陳情書の増額申請について、「この件は明里の土地代の中で処理済みであるという趣旨の説明をした」ということも、全く事実に反している。

以上の弁護人の主張は、次のような証拠によつて、争いの余地がないまでに明瞭となつている。

(1) 市農協の四九年一月二三日付の補助金増額陳情書について、原判決は、それは農協専務理事の坪川が明里の土地についての二本立ての契約交渉を側面から円滑かつ有利に進めるための布石にしようとして独断で作成、提出したものというのであるが(一七頁)、それが間違いであることは、市農協からは、実は、同じ問題について前年の四八年一一月二四日にも、市の四九年度の予算編成に向けて陳情書が出されており、それには「本所事務所建設に係る補助金一億円については既に議会の決議を載いておりますが、現今の激変する経済情勢による建設資材の高騰にかんがみ之が補助金の増額をお願いします」と述べていたのである(弁証二〇号の三)。唯、それには金額が明示されていなかつたので、それを受けて、「一億円」と金額を明示して重ねて陳情したのが、右の一月二三日付陳情書であることは、両者を対照すれば明らかである。それが、明里の土地代とは無関係に、四五年一月の市農協発足当時、市長と市農協の山田等との間に交された覚書中の、「市は農協センターの建設費に対し三分の一を下らない額を助成するように努力する」という項目に基づく陳情としてより受取ようのない文書であつた。なお、それらを覚書と関係づけて考える余地のなかつたことは、明里の土地について二本立て方式が市農協で問題とされ始めたのは、原判決(一五頁以下)も認めているように、四九年一月以降であるのに、陳情は前年の一一月から始まつているということからみても明らかであろう。補助金の増額陳情が、明里の用地代、覚書分とは無関係であるという天井の主張を斥けた原判決は、ここでも途方もない間違いをおかしているのである。

(2) 右の増額陳情について、天井は、当初から、四九年一月二四日頃の財政部長の予算査定で、近藤農林部長から問題として出されたが問題であると考えてこれを次の市長査定に廻したが、二月四日の市長査定では、島田市長も補助金増額には消極的であつたが、無視するわけには行かぬとして、右農協の要望には結局、明里の土地は県に買取つて貰うことになるのだから、その県への譲渡の過程において解決するように取りはからおうということになつたのであつて、それについては、市公社の坪九万円という買値は時価からみて安かつたので、県には陳情されている一億円高く買つて貰い、それを農協に渡せばよいという腹であつたと述べているのである。原判決はこれを斥け、前記のような認定をしたのであるが、この点についても、事実の経過(四億八千万円で売り、その全額をそのまゝ農協に渡しているという)、ならびに法廷に顕出された各証拠は、すべて天井のいう通りであつたことを示しているのである。それらのうち最も明瞭なのは、四九年一〇月一日の市農林部の新旧部長の事務引継書(弁二一号証)で、そこには「福井市農協会館建設補助金一億円の増額陳情について」と題して(二項)、「昭和四五年の前記「育成に関する覚書」に従つて、四八年基準事業費三億五、八六九万円の約三分の一の一億円の補助額を決定し、一〇年間の債務負担とした。ところがその後諸物価の高騰等によつて事業費八億六、五〇〇万円を要することになつた(五〇年三月完成予定)。このため四九年一月二四日付農陳一七二号によつて更に補助金一億円の増額要請があつた。これに対し財政当局も必要性は認めながらも具体的方策については未解決となつている」とあつて、決して天井が島田市長の予算査定の席上、それが明里の土地代の中で処理解決ずみである趣旨の説明をしたものでないことは明らかである。なお、この時期にも具体的解決は財政当局で考慮するものとされていることが明らかである。同じことは、四九年五月島田市長の後を継いだ大武市長の五月一六日の「市長事務引継事項」(弁証二二号)にも、その五〇項に「農協会館の建設助成について一億円→二億円」と明記されていることからも認められ、天井のみならず福井市当局者は皆右の一月二三日付の補助金増額陳情がなお懸案として生きているものとして扱つていたことは明瞭である。原判決は、これらの明白な公文書たる諸証拠をすべて無視しあるいは「大した意味はない」などと称して強いて無視しようとするのであるが(二一四頁)、それはその事実認定が土台から狂つていることを示すものである。

(3) 原判決が、天井らの策動によるえたいの知れない政治的加算金だという県への譲渡に当つての一億円の土地代の増額は、右の生き残つていた市農協の市に対する補助金一億円増額の陳情を、さきの島田市長の査定の際の、明里の土地の県への譲渡の過程で解決するという方針に従つて進行させ実現させたにすぎないのであつて、その点に関する天井の行動には何ら怪しまれ不当視される筋合はないのである。組合長になつた柳沢が、「九万円では安すぎた、もう一億円貰わねばならぬ」といつてきたことを、原判決は、さきの補助金一億円陳情とは別の話だというが、その話を聞いた天井ら福井市側では、前述のようにそれとの関連でしか受取れなかつたのである。それで、「貴方の方が県と交渉して、明里の土地を一億円高く売つて貰えるよう話をつけて下されば、果実は全部差し上げますよ」と答えたのである。そしてその後柳沢が、「明里の土地の事だが、補助金の事を県に話してある、県の方は、一億円助成することについて、検討しても良いという意向をもらしているので、事務的に話を進めてくれんか」といつて来たことから、天井が県と話を進めることになつた(天井、四九年一一月二七日付検面二項)。そして県の豊住総務部長と話し合つてみると、県としても補助金としては出せないが、土地代を一億円高く四億八千万円で買受けても、それは適正価格の範囲内であるからという判断のもとに、右金額で市公社から買受けるということになつた。そこで、その果実(上乗せされた一億円)を、公社は、そつくり市農協に渡すということに決定したのである。四九年九月二日付の豊住部長と大武市長の間の「覚書」にも、本件明里の土地の「価格は、乙(市公社)が福井市農業協同組合にすでに支払つた三億八、一四二万二、四五四円および今後支払予定の(前記のように、原案には「乙が同組合会館建設補助金として支払予定の」とあつた)一億円を含めた四億八、一四二万二、四五四円とする」とあつて、このことをはつきり示しているのである。原判決のように、この一億円は、市農協からさきに一月二三日付で福井市長に対して提出された補助金一億円の増額陳情書とは関係がないと称して強いて両者の結び付きを否定し、それを専ら被告人らの策謀によつて県から引出されたえたいの知れぬ政治的加算金であるなどということこそ、公文書たる証拠と、それに合致する客観的な事実の経過を無視した余りにも不合理、不自然な事実の歪曲だといわざるを得ない。不自然な判断に、原判決が陥つたのは、専ら検察官の主張にのみ耳を傾け措信すべからざる被告人の勾留末期の検面調書(四九年一月二六日付、同二七日付)の証拠価値に対する厳正な検討を怠つたからとしか考えられないのである。

(4) なお、右の追加一億円については、原判決は、天井の主張を他の側面からも論難している。それによれば、天井らは、「市公社は県と市農協との間の明里用地売買の斡旋者に過ぎないという」けれども、これも決してそうではないというのである。(二〇四頁以下)。しかし、その論難の根拠は、結局、市公社は明里用地に関しては、市農協、県とのいずれの売買契約についても、「れつきとした契約当事者であつて、単なる斡旋者と目すべき余地はない」ということにすぎない。確かに、形式的には、市公社は契約当事者である。しかし、その取引の実質をみれば、市公社としては、バスターミナルの建設などの当初の計画を地元から拒否されてから後は、明里の土地を自ら取得すべき何らの必要もなかつたのであつて、唯、県がそこに物産観光センター等を建設するためにその取得方を希望しておつたこと、そしてそのことは福井市の行政目的からみても是非誘致実現させたいことであつたが、市農協は県でなく市にしか売らぬということであつたので、それでは一応市公社で買受け、それを県に譲渡することによつて、そこに右のセンターを誘致したいと考えて、右の土地を買受けることにしたものであること、次に、県へは買値より一億円高い四億八千万円余で売渡したものの、その取得額の全額を市農協に渡しており、公社としては、その売買に要した費用さえ全部自己負担としていて、一円の利益も得ていないこと等からみれば、天井らが福井市は斡旋者に過ぎないという気持ちでおり、そのように言明していたとしても、それは当然のことですこしも不思議ではないのである。原判決自らも、この追加一億円については、それが「事実上終局的には市公社の懐に留まらず市農協へ流入することは知らされていたのであるから、右一億円分の金の流れだけを取り上げると一見いかにも市公社は県と市農協との中間に介在してその授受の橋渡し役を演じているように見える」と認めざるを得なかつたのである。しかし、それは何も追加一億円についてだけのことではなく、売買代金全部についてそういえるのである。原判決は、このように、市公社が一円の利益も自己経理に残さず全額を市農協に渡してしまつたことが、背任だとでもいいたげな口調を用いているが、(二一〇頁)右の事実を否定することはできないのである。

(5) なお、原判決は、四九年一二月中ころ、市農協から追加一億円を早く県から貰つてくれと要請された岡藤との間で、天井が「こんなもん、市長に分かつたらどうにもならんな」とたいそう困つた様子を示したという岡藤の供述をくり返し引用し重視している(一九二頁、二一〇頁)。しかし、そのような岡藤の供述が措信すべからざることは―同人の供述の信用性については後に述べるが―右の追加一億円が土地代として県から支払われるものであることは、前述したように、既に同年九月二四日に取交された県の豊住総務部長と大武市長との間の「覚書」中にはつきり明示されており、大武市長もとつくに承知のことであつたこと、またそれが五〇年二月一日に県の諒解を得て現実に市公社から立替えて市農協に払われることも、大武市長も出席している一月二三日の公社理事会で議決されたことなのでよく知つていたこと、しかもその理事会の席上で岡藤が県へ一億円高く売るのだという趣旨の説明をしたのに対して、天井が発言を求めて、そうではなく「全く公社はあつせん業務をしたということであつて、一億円高く処理しているということではありませんので、この点だけはひとつご了承いただきたい」と発言しているという動かぬ事実があること(福井市土地開発公社第五回理事会議事録)からみて、余りにも明らかである。天井には市長に知られてこまるような事情は何もなかつたのである。このように明白な客観的事実さえ無視しながら、他方では右のようなたわいもない岡藤の片言でも、それが天井を有罪とするために役立つものであればしがみつくような原判決の事実認定の歪みは全く救いようがないというべきである。

以上のごとく、原判決は全く客観的事実に反し不合理極まる前提事実の認定を土台としているのであるからそれが破棄を免れないことは明らかである。

第二点 原判決は採証法則を無視して証拠とすべからざる供述に基づいて有罪の認定をしたものであるから、とうてい破棄を免れないものである。

原判決が、前提事実を誤解したために、公訴事実についてもことごとく事実を誤認するに至ったことは上述のごとくであるが、かような誤りのそもそもの原因は、原判決が証拠の採否を誤つて措信すべからざる証拠を絶対視し、明白な客観的事実まで歪曲して理解した結果である。ここでは、それらのうちの特に著しいものを指摘しておく。

一、天井の供述評価の誤り 原判決は、天井の調査段階における検面調書ならびに五回にわたる公判供述のうち、捜査の最終段階で作られた判示第一、第三の事実を認めた検面調書(昭和五一年一一月二六日以降のもの)のみを信用性ありとし、その他はすべて措信できないとして斥けている(一〇八頁以下)。しかし、まず、客観的事実として、天井は一一月一〇日寝込みを襲われて連行、逮捕されて以来、検察官によつて連日厳しく追及せられたが―このことは原審第四一回公判に証人として出頭した倉田検事も認めている―判示事実については一貫して否認していたことは、一一月一七日付、同一八日付、同二四日付各検面調書によつて明らかである。ところがこの態度が、突如、一一月二六日付検面調書において、全面降服的自供に一変するのであつて、このどんでん返しは、読む者に誠に異様な印象を与えるのである。どうしてこのようなことになつたかの理由を、天井は原審公判で詳しく説明している。それは、原判決の要約によれば、取調検察官が「被告人の記憶にない事実を頭越しに押し付け、否認を続けるといつまでも勾留すると脅かされ、調書の内容が事実に反する旨指摘して訂正を申立てたが聞き入れられず、右取調べの状況から自らの記憶に基づいた供述がそのまま録取してもらえないものと判断し、署名、指印を拒否したところ、かえつて右検察官から署名、指印がない方が信用性がある旨強く言われたのでやむなく署名、指印した」ということである。原判決は、これに対して激しく反論し、結局、一一月二六日以降の天井の自白には「任意性に欠けるところはなく、全体として大筋において十分信用できる」のに反し、その公判供述は、「誠に不自然、かつ不合理な点が多く、全体としての自己の負うべき責任を故人や下僚に転嫁するため、事実を歪曲して強弁する傾向が顕著に看取できるから、到底これをそのまま措信するわけにはいかない」といつて斥けているのである。しかし弁護人からすれば、原判決のこのような判示こそ、以下に述べるように、被告人は有罪であるという予断と先入見にとらわれ、真実を素直に見る目が雲つた結果であると考えざるを得ないのである。

(1) 原判決の反論の第一は、天井ほどの人物が、検察官の押し付けがあつたからといつてそれに屈し、虚偽と信じつつ検察官の言うがまま供述するなどと言うことは、「よほど特段の事情がなければあり得ないと考えられるが、本件ではそのような事情は認められない」ということである(一一三頁)。しかし、逮捕以来十数日間も一貫して続けられた否認が、突如全面自供に逆転するということが、それ程の人物について起つたとすれば、それには余程特段の事情があつたと考えるのが当然で、それがなかつたというのがおかしいのである。(イ)天井は、その事情として、いくらいつても聞いて貰えず、逆に否認を続けるといつまでも勾留すると脅かされたためだというのであるが、そのことは、現に、同人が翌月(一二月)の五日に施行を予定されていた衆議院選挙の不在投票を獄中からしているという事実(当番で立証する)によつて裏付けられているのである。出られる見込みがないと思いこまされていなければ、そんなことをするはずがない。(ロ)原判決は、また、法律専門家の検察官が、供述者の署名、指印のない調書の方がかえつて信用性があるなどといい、また被疑者がそれに惑わされて不本意な自白調書に署名、指印したということは、荒唐無稽なほど不自然、不合理で措信できないともいうが(一一三頁)、それは捜査の現実を知らぬ者のいうことである。実際の被疑者取調べに当つて、思いもかけず、指印を拒否されて、かつとなつた取調官の中には、そのようなはつたりをきかせ、それがまた功を奏する場合も間々あるのである。天井のいうことは決してあり得ないことではない。

(2) 原判決は、さらに、天井の取調に当つた倉田検事の証言によつて、一一月二六日以降の天井以降の検面調書は、同人が反省して態度を軟化させた後の任意の自供であると強調している(一一三頁以下)。しかし、天井に対する同検事の取調は、始めから追加一億円は農協出身の知事と柳沢らとの策謀による政治的加算金だとの嫌疑を抱き、天井はその間の事情を知つているはずだからその真相を吐けという追及に終始したのであつて、そのため逮捕後一週間経つても一通の調書もできなかつたのである(天井の最初の検面調書は一一月一七日付である)。同検事は、天井が一一月二四日付検面から態度を軟化して新事実をいい出したというが、その調書は、右のような追及に会つて、天井が思い出した事実を述べたもので、その内容はすべて真実であり、別に態度が軟化してはいない。さらに天井が、県の豊住総務部長との間の覚書案があるはずだといいだし、それが発見されてからは、検察官は右の県との癒着の追及を締め、振り上げた拳固の手前、事態収容を焦り、本件起訴事実を急いで固めようと図つたのである。やつと自分の言分が理解して貰えたとほつとしていた天井は、検察官の攻撃のこの急転換に驚いて何が何だか分からなくなつた。面会に来た大橋弁護人にも、検察庁が一体何を問題にしているのか最後まで理解できなかつたので、適切な助言も与えられなかつたのである(三三回公判)。前記の獄中からの不在投票は、天井の受けていた圧力の大きいかつたことを示すものであるが、さらに最初の自白である一一月二六日付の検面調書が甚だ簡単な筋書だけで、検察官自ら「大慌てでその調書を取つたという印象が強く残つて」いるというのは(四一回公判)、無理に屈服させたので撤回されては大変だと心配したからであろう。そのことがまた異常な押付けを暗示している。さらに、次の一一月二七日付検面冒頭(一項)には、一一月二三日付の陳情書の補助金一億追加の問題は、「明里の土地代三億八千万で解決済みだつたのです」などという客観的事実と全然合わない供述記載がある。これまた天井が任意に述べる筈のない言葉であつて、これまた押付けられた供述であることを示している。

(3) 原判決は、また、一一月二六日以降の自白内容は具体性を有するとともに、関係証拠、特に坂本、坪川、天谷、上田、岡藤、後藤らの各供述又は客観的事実関係とよく合致するとも述べているが、それは、右の天井の検面調書が、実は、それ以前に作成せられたそれらの者の自己弁護的、責任転嫁的な供述調書に合わせるように押付けられ、遂にそれに屈服した後で作成せられたものであるから、当たり前のことである。しかし、それには、原判決のいうような具体性は認められず、むしろ、天井がいつたに相違ない「できるならしてやれ」という言葉が、最後の一一月二九日付検面では、単に「そうしてやれ」という岡藤、後藤らのいうのと同じ言葉に変わつてしまつているなど、むしろ押付けの痕跡が濃厚である(これは実は重大な意味をもつているが、それについては第三点で詳論する)。

(4) 原判決は、また、天井の一一月二六日以降の検面には、農協関係者や部下の責任まですべて自分で引受けようとするような不自然なところがなく、また一一月二九日付検面八項では、偽造後の売買契約書と覚書を後藤から見せられたことを否定し、同九項では同人から支払調書不提出について指示を仰がれたということも否定しているなど、主張すべきところは主張する姿勢を失つていないことからみて、任意性、信用性があるというのである。しかし、これもまた妙な論理であつて、無理に屈服せられたものであつても、あるいはあればある程、抵抗の可能な限り抵抗しようとするのが当然で、そのような記載があることは、何ら、天井自供の任意性、信用性を保証するものではないのである。

二、上田三郎の供述の信用性 原判決は、本件土地について二本立て方式がとられたのは市農協の脱税意図によるもので、天井はそれを当時の公社事務局長上田三郎から聞きながらそれに協力したものであると認定し、その上に本件についての有罪認定を組み立てていることは第一点で見たとおりである。かような認定の根拠とされているのが、上田の供述であつて、原判決はそれが十分信用できる旨を強調するのである(一八頁以下、一二二頁以下)。しかし(イ)同人が従来土地を二本立てで買うことは殆どないことだつたので、特に天井の指導を仰ぎその承認と指示のもとに仕事をしたのだし、二本立ての原案も見せて説解を得、決裁も自ら持回りで受けたと供述していることが(一四回、一五回公判)、全くの偽りであつたことは、市公社の実務面に最も詳しい山田正邦の証言(二七回公判)によつて明らかである。同証言によれば、昭和四五年以降は、市公社でも後日の買収のことを考えて単価を低くおさえておくために二本立ての契約がほとんどになつており、またこの場合の決裁も山田自身が財政課に持参し通常の決裁手続きをとつたと明言しているのである。(ロ)それだけでなく、上田供述の偽りは、右に第一点で見たように、市農協内部でも、当時、覚書分については、課税対象外の扱いを受けられるのではないかという期待はあつたけれど、決して脱税すると決めていたわけではないという事実に照らしても明白である。(ハ)原判決は、なお、市農協側の農協会館建設補助金という名目にして欲しいという要請を、上田が斥け補助金という表現を避け「準備資金」としたことを強調しているが、山田証言によれば、準備金でもおかしいと岡崎が反対したが、上田がどうしてもそれを入れたいというので、岡崎の意見に従つて、決裁案に「農協会館準備資金として支出する一億四、〇〇〇万円については農協が旧地元所有者から土地を購入し当公社に譲渡するまでにかかつた費用に相当する額」という注をつけ、覚書の文章もそうすることにしたいという経過からみても、公社には、上田以外に、脱税に協力するつもりでいたものはなかつたことが明らかである。さらに(ニ)上田は、決裁手続終了後の決裁伺書などの数字の訂正(本件と同じような書きかえ)を、平気で認めていたこと(山田前記証言)などからみて、細かいことまでいちいち天井の指示を仰いだという同人の供述は信用できないものである。従つて、同人検面調書は、天井自供の裏付証拠でなく、むしろ天井に自供を押付ける材料とされたものに過ぎず、同人の公判証言も、検面調書と違うことを証言した坂本、坪川らが偽証罪として逮捕された後の迎合的供述であつて、信用性の極めて乏しいものである。原判決の証拠判断の誤りは明らかである。

三、天谷、岡藤この供述についても、同じ問題があるが、それについては、次に第三点の二、三で詳論する。

以上のごとく、原判決は証拠価値のない供述のみに基いて有罪の認定をしたものであるから破棄を免れないものである。

第三点 原判決は、「罪となるべき事実」の判示第一において、被告人天井が柳沢等との共謀に基づき、行使の目的をもつて、昭和五〇年二月下旬ごろ、後藤らをして、既に代金も支払済であつた本件土地の売買に当り売主である市農協と市公社の間で取り交わされていた土地売買契約書と覚書について、「覚書の一億円を当初の予定通りに非課税扱いにする意図を確実に達成するために」、その金額を変更し、覚書中の一億四、〇〇〇万円中の四、〇〇〇万円を「埋立補償金四、〇〇〇万円」として土地売買契約書中に移し、覚書には金一億円を「市農協が建設を予定している農協会館建設資金として支払う旨あたかも右一億円が売買代金ではないような記録などのある」ものに作りかえさせ、既に死亡している契約当時の市公社理事長島田博道の氏名を刻したゴム印等を冒捺させて、右公文書を偽造した旨認定しているが、これは、以下述べるように全く真相を見誤つた事実認定であるから、当然破棄せられねばならない。

市公社の総務課長後藤が、判示のような土地売買契約書と覚書の作りかえを行い、市農協職員に渡し、市農協ではそれらに既に退任していた契約当時の組合長山田等の印等を押捺してそれらの公文書偽造を行つたということは事実であるが、被告人天井がその情を知りつつそれを指示し実行させたものでは決してないのである。天井は、当時市の予算査定で多忙を極めていたが、たまたまちよつと財政部長室に戻つて決裁や来客との応対をしていたときに、市公社の岡藤と後藤が初対面の天谷を連れて来たのである。話は五分か一〇分位の極短時間で直ぐ終つたが、天谷の話は、農協の経理の都合上、覚書の一億四千万の中の四千万が、埋立補償費である旨、明確にしたいという陳情であつた。これに対して、天井は、岡藤らに対して簡単に「出来るならそうしてやれ」といつたが、それはよく検討して、そのようなことができるなら、してあげるようにという意味であつた。その際、天谷からは、「契約書と覚書を金額を変えて作り換えたいとか、農協の税金対策上、明里の土地代金の一部を税務署に報告しないでくれ等と伝われた事等は全く」なかつたし、話は、単に覚書の方の一億四千万のうちの四千万は埋立補償費だという、「内訳けだけ、より明確になるよう」にして欲しいという相談だと理解したので、できるならそうしてやるようにと指示したのである。後藤らが売買契約書を作りかえてしまうだろうとか、さらにそれらに既に死亡している島田前市長の氏名印まで盗用しようなどとは夢にも考えなかつたのである。天井としては、天谷の希望に沿うためにどのような方法があるかはつきりしなかつたが、文章中の金額や費目の訂正、変更をする場合には、その旨の起案をし稟議決裁を経るというような役所としての通常の手続きを踏んですべて適切に処理されるだろうと信じ、簡単に右のような返事をしたのである。これが、捜査の当初からの天井の一貫した主張であつて(五一年一一月一八日検面一一項、原審三六回及至第四〇回公判における天井の供述、原審公判の最終段階で天井の提出した「陳述書」四五頁以下)、ただその主張は勾留末期に至つて取調検察官により無理に反対の趣旨に変更させられているけれども(同年一一月二六日付検面)、これは同人の任意の供述でなく、更に客観的な事実の経過とも矛盾しており、とうてい証拠となり得ないものであることは、右に第二点で述べたとおりである。原判決は、有罪認定に固執したため、この逆転させられた後の天井の検面調書のみを採用し、そのために採証法則を無視した誠に無理な論理を弄せざるを得なくなつているのである。以下、遂次、それらのことを明らかにする。

一、原判決は、右の判示においても、覚書の一億円を「当初の予定どおり不正に非課税扱いにする意図を確実に達成するため」に作りかえたのだと認定し、市農協は当初の二本立の方式の契約を要求したときから既に脱税意図を固めていたもので、天井はそれを知りながらその「脱税工作に協力」してきたものだという前提に立つていることは明白である。しかし、そのような前提が全く誤りであり、市農協では、当時会館建設資金と覚書にかいておけば、その分を課税対象外とすることができるかも知れないという希望があつたたけで、決して脱税を決意していたとまでいえるものではなかつたこと、従つてそれを脱税工作と断定し、それに天井が協力していたなどといえるわけがないことは、右に第一点で詳述したところである。このような誤つた前提事実に立つ原判決の前記判示が維持せられ得ないことは明らかである。

二、天谷供述について、しかし、この場合に決定的なことは、天谷が文書の偽造と脱税幇助を果して天井に依頼したのかという問題である。それを確かめるためには、まず天谷本人がどう供述しているかを見ねばならぬが、天谷は、捜査の当初から、天井に対しては、覚書の一億四、〇〇〇万円のうち四、〇〇〇万円を埋立補償費として契約書に入れ、覚書の一億四、〇〇〇万円を四、〇〇〇万円減らして作り直してもらいたいとお願いしたのであつて、それに対して天井は「そんなこと簡単にできんかな、農協が困つているんなら、できるだけそういうふうにしてやらなきゃならんな、お前らよく考えてやれや」と云つてくれたので、農協に帰つてから、小寺、岡本両課長にも「天井部長は出来るもんなら何とかしてやらなきゃならんなと云つていた」と連絡したと述べているのである(五一年一一月一二日付検面三項)。しかも、その際、税金の話を持出したことはなく、その話はむしろ陳情を終り、「財政課を出てから、局長、後藤課長と別れましたが、その際、後藤課長は「契約書、覚書を差しかえることになつたら四、〇〇〇万円支払調書を増しておく」と言つてくれました。私は「そのようにお願いします」といつておきました」と述べているのである(同上二項以上当審で立証する。同人は原審公判廷(第九回)でも同趣旨の証言をなし、天井の答えは「まあ農協がそんなに困つているなら何とかできることならしてやれやというふうなことを、局長やら、課長やらに、伝われたように記憶しています」と述べ、できることなら何とかしてやりたいなというふうに考えていただけるなという感じをもちました」が、その際の天井との話は「七、八分一〇分くらいまで」の短時間で終り、その場では、覚書の一億と後の一億、「二つの一億の税金の面、そこでは出てこなかつたと記憶しております」と証言しているのである。

これによれば、天谷が覚書の四、〇〇〇万円を埋立補償費として契約書の金額とひとつにし、覚書を一億円にするよう頼んだのに対して、天井は、農協が困つているのならば、できることなら何とかしてやりたいという考えで、岡藤、後藤に対して、できるものならそうしてやるよう、君らの方でよく考えてやれと話したことが明らかであつて、天井の当初からの主張ともよく合致しているのである。但し、書類を作り直し替えるということまで依頼されたものと天井が理解したものと解しがたい。何故ならば作りかえを実行した後藤も、作りかえたものを本物と差しかえてはおらず、自分の机の中に放りこんでおいたのだからである(原審第一八回公判の後藤証言)。四、〇〇〇万円は埋立補償金である旨をはつきりさせたいという頼みだという程度にしか理解しなかつたことはすこしも不思議ではない。なお、弁護人からすれば、右の「できることなら何とかしてやれ」というのが天井の返事であつたという天谷の供述は、文書偽造についての天井の犯意の有無を判断するために極めて重要な事実である。何故ならば、それは、天井には不法な文書偽造を行うという意識はなかつたということの何よりの証拠だからである。さらにまた、その席上では、覚書分の一億と後の追加一億とについての税金の話はでておらず、税金の話はむしろ陳情を終り財政課を出た後で、別れ際に、後藤から、問題の四、〇〇〇万円分だけ「支払調書を増やしておく」といわれたという点が重要である。何故ならば、これは、原判決が認定するような天谷の天井に対する税金についての依頼などはなかつたことを証明するものだからである。

ところが、原判決は、これからの天谷供述をすべて無視して、専ら天谷の五一年一一月二七日、同二八日付の検面調書のみによつて、前記のごとき事実認定を下したのである(一四二頁、一七六頁、一八一頁以下)。それらの天谷調書には、いかにも税金のことも頼んだという供述記載がある(もつとも、そこでも書き替えの件については、天井は「農協が困つているんならできるだけそういうふうにしてやらなきやならんな」といつただけだつたという供述は変わつていない)。しかし、それらの供述がどうして、最初の供述や宣誓のうえなされた同趣旨公判廷での証言よりも信用できるのかという理由としては、当初の供述は間違つていたから訂正したのだし、公判廷の証言は、目の前にいる被告人を憚つたことと、その内容が「誠に不自然かつ不合理である」が、脱税も頼んだことになつている後の検面調書は、もともと二本立て方式にしたことが脱税の目的からであり(一八一頁)、書きかえ依頼も脱税のためなのだから、「頭隠して尻隠さずにならぬよう税務調査に対する周到な配慮から」税務署に報告しないようにと依頼するのは「極めて自然かつ当然の成り行きとして受け取られる」からだ(一八九頁)というのである。しかし、二本立てが当初から脱税工作だつたという前提事実の理由なきことは、第一点で明らかにしたとおりであるし、また頭隠して尻隠さずにならぬよう周到に配慮したのだということも、それなら、まず、本件土地の買手である市公社の経理では覚書分もすべて本件土地代として処理されていることを何とかしなければならぬはずなのにそのまま放置されており、さらに文書偽造の実行者である後藤も偽造してはみたもののそれと本ものの書類とを差しかえることもなく漫然と自分の机の中にほりこんでおいたということをどう説明するのであろうか。原判決の見方からすれば、これらこそ最大の「頭隠して尻隠さず」であるが、原判決はその点の説明はできないのである。

なお、天谷の公判廷の証言をよく見れば、それが決して被告人を憚つて事実を曲げたものでなく、またその内容にも何ら不自然、不合理な点はない。同人に対しては、その死亡のため、弁護人の反対尋問もなされなかつたが、弁護人には、同人こそ本件の検察側証人中最も良心的な証人だつたように受取れるのである。これに反して、原判決が金科玉条視している同人の前記検面調書の内容を検討すれば、それが天谷の本来の言分を無惨に押し曲げ無理に逆転させたものであることが歴然としているのである。例えば、税金の話はしなかつたというそれまでの供述が、一一月二七日付検面調書(三項)では、「天井部長に対し税金のこともよろしくお願いしますという趣旨のことを言いました」と変り、さらに、そのように「税金のこともよろしくお願いします」といつたのは、「四、〇〇〇万円を覚書から契約の方に移すので、その分については税務署に出して貰うようにという意味で」いつたのですというように変更され、それがさらに、翌一一月二八日付の検面調書では、もう一度反転し、今度は、右の「税金のこともお願いします」といつた言葉の意味は、四、〇〇〇万円を支払調書に出してくれという趣旨ではなく、覚書の一億と追加の一億円の税金を免れたいので、「そのように税務署に対して処理してほしいという趣旨でいつたのだ」、つまり税務署に出さないでくれという趣旨だつたということになるのであつて(同上三項)実に手荒いのである。天谷の供述内容が、取調検事の手によつて、まるで飴細工のように自由自在に、それも天井に不利なよう不利なようにと変化させられていく有様が目に見えるようである。かような検面調書に任意性や信用性のあるはずがない。これに反して、かような取調の際の押付をはねのけて、宣誓のうえ公判廷で敢然として、当初の検面調書と同じ供述をした天谷の証言の方が遙かに自然で信用できることは公平な判断者にとつては明白なはずである。なお、天谷供述の評価については、原審で弁護人が提出した同人の「検面調書の証拠調請求に対する弁護人の意見」を参照願いたい。原判決の証拠判断の誤りにも明白だといわなければならない。

三、岡藤、後藤供述について 次に原判決が依拠するのは、岡藤昭男、後藤茂雄の供述である。原判決は、勾留末期に屈服させられた天井からとられた検面調書の裏付証拠として、これら両名の供述を特別重視している。これは、右両名が、天井に対する陳情以前にも天谷と会つて話を聞き事情を十分承知し、さらに天井に対する陳情の際も同席し、またその後の文書偽造にも関係(直接偽造したのは後藤で、同人は次の脱税封助にも直接関与)している以上、当然だとも受取れる。しかし、問題は、ここでもそのような両名の供述がどこまで信用できるかということである。これについて、原判決は、両名の供述が公判ではやゝ「あいまいになり、控え目で後退したもの」のなお大綱は維持されているといい、さらにそれらには、自分の責任を天井に転嫁して事実を曲げているような不自然な点はなく、実際経験したことを述べる場合に見られる「具体性と追真性」をもつているというのである(一五七頁)。なおまた、(イ)右両名は、自分達だけでは天谷の依頼について決断できなかつたから、天井の裁断と指示を仰ぎに赴いたものであり、その後の実態の展開、推移に照らせば、当然その場で天井から積極の裁断を得たものと考えるのが合理的であるということ(一六〇頁)、(ロ)後日後藤は、市農協から届いた偽造売買契約書と覚書を岡藤に見せさらに天井に見せて報告し了承させたとのべていること、(ハ)両名は、心情的には、天谷の依頼を容れることに、あくまで消極的であつたことが、指示をうけて市公社に帰る途中で両名が交わした「しみじみとした会話から窺える」というようなことも特筆されている(一六〇頁以下)。しかし、このようなことを並べても、両名の供述の信用性の証明にはならないのである。

(1) そもそも、この両名は文書偽造や税法違反の実行正犯の疑いで、最初に検事の取調べを受けたのに、(最初の検面は一一月五日付)、共にすべて天井の指示でやつたことで、全責任は天井にあると、取調官の期待どおりの供述をしたために、実行正犯でありながら逮捕を免れ起訴もされないで、専ら検察側の天井に対する最重要証人として温存せられてきた人達である。天井の保釈後も同人に近よらぬよう命ぜられていたであろうことは、天井の保釈制限条項からも推察されるし、さらに公判廷で検面調書と違うことを証言したため偽証として逮捕された起訴、処罪せられた市農協の坂本や坪川らの実例を見せつけられた同人らは、証人として出廷した法廷でも検面調書の線から遥税しはしないかと戦々恐々としていたことは疑いない。況んや、後藤の証言から伺えるように、証人として出廷する前の事前準備において、検察官から自分の検面調書の内容を聞かされて証言しているのであるから(第一八回公判)、その証言には実は証拠能力があるかどうかさえ疑問があるのである。このような供述を事実認定の最良証拠であるように強調する原判決の証拠判断は余りに異常である。

(2) 責任転嫁的でなく、真実を曲げているような不自然な点もなく、その供述には具体性と追真性があるとかいわれるが、それでは、天谷の陳情に対して天井が答えた言葉について、岡藤も後藤も、単に「そうしてやれといつた」といつただけで、決して「できることなら」そしてやれといつたとはいわないこと(岡藤の五一年一一月一一日付、同一四日付検面、後藤の同年一一月五日付、同一八日付検面当審で立証する)をどう説明するのであろうか。天井は決して無条件で「農協のいうとおりにしてやれ」といつたのではなく、「できるものならばそうしてやるように」といつたものであることは、陳情にきた天谷の供述によつてちゃんと裏付けられていて、否定することはできない。それが両名の供述にまるで出てこないことは、両名がそれを聞き落としたのだというよりも、むしろそういえば、できることかどうかは自分達が判断して行動しなければならなかつたことになり、作りかえの責任は自分達にもろにかゝつてくることを敏感に感じ取つていたから、意識的にそれを伏せてきたのだとしか思われないのである(後藤が、原審第一八回公判で弁護人の反対尋問で遂に「できるものならしてやれや」といわれたと認めたことはそれを示す)。これこそ、重大な責任転嫁であり、真実の歪曲であり、不自然な供述ではあるまいか。

(3) 次に、原判決が具体性追真性があるという陳情後の帰り道で、岡藤と後藤とが、亡くなつた島田市長名義の契約書などを書き替えるなどと無理なことを指示すると互いにぐちをいいあつたということ(一四六頁、一四九頁、一六二頁)も、実は甚だおかしい話なのである。何故ならば、まず第一に、天井の指示は「できることならそうしてやるように」ということだつたのであつて、決してできないことまでやれといつたわけではない。陳情に行つた天谷自身が、天井は、「そんなこと簡単にできんかな、農協が困つているんなら、出来るだけそういうふうにしてやらなきゃならんな、お前らよく考えてやれや」と云つてくれたので、農協に帰つてからも、小寺や岡本に「天井部長はできるもんなら何とかしてやらなければならんと云つていた」と連絡したと述べており(五一年一一月一二日付三項)、天井ができぬことまでやれと無理な指示をしたものでないことは明らかである。さらにまた、後藤が、帰り道で岡藤に「財政部長は農協のことやで、してやらなどうもならんのやろ」とか(一四六頁)、「いややけどどうもならんな」とかいつたという話も(一四九頁)、措信しがたい。何故ならば、天谷によれば、陳情のときには税金の話は出しておらず、その後、財政部長の部屋をでたところで、後藤の方から天谷に対して「四、〇〇〇万円は支払調書を増やしておく」といつてくれたので、「そのようにお願いします」といつたというのであつて、後藤は陳情と無関係に天谷の要望に応ずるつもりでいたことが明らかだからである。真相は、後藤らはそれまでの天谷との話によつて既に農協の要望に応ずるつもりになつていたが、唯、その責任回避のため天谷を天井のところに連れて行つて陳情させたのであるが、天谷は税のことまではいい出せず、天井の返事も「できるものならしてやれ」ということだけで、期待したように自分らの責任を十分カバーするような言葉はでなかつたということのように思われる。従つて、原判決が、同人らは前記(イ)のように自分達だけでは決断できぬので天井の指示を仰ぎに行つたのだから、事後の事態の展開、推移に照らせば、当然天井から積極的な裁断を得たものと考えるのが合理的だというもの(一六〇頁)、根拠のない憶測に過ぎず、また心情的には天谷の依頼に対してあくまで消極的だつた両名は、天井に命令されてやむを得ず応じたのだという判断の根拠とされている帰り道で両名の間で交わされた「しみじみとした会話」(一六二頁)なるものも、実は期待通りの返事を貰えなかつたことに対するぐち話だろうと思われるのである。

(4) 原判決は、また、後藤が、後日、市農協から届いた偽造の売買契約書と覚書とを、岡藤に見せさらに天井に見せて報告し了承されたと証言したことを、「天井の密接な関与を物語る決定的な一駒」と称するのであるが(一六一頁)、岡藤も天井もともに一貫して見せられたことを否定しているのみならず、後藤本人も法廷では「そういう記憶でございます」という自信なげな供述をするに止まつている(第一八回公判)。しかもそのように報告、了承まで受けた書類としては、その後の扱い方が余りお粗末で、本物の契約書や覚書と差しかえられてもおらず、後藤の机の中にほうりこまれたまゝになつていたなど余りにも異様である。むしろ、後藤はそれらを岡藤や天井に見せずに隠しておいたのであつて、問題になつてから、慌わてて本物と差しかえ、さらに岡藤に注意されてその作成経過につき責任回避的な説明文をつけたりしたのだと思われる(第一八回公判)。それが天井の密接な関与を物語る決定的な一駒だなどといえる事柄でないことは明らかである。

(5) なお、岡藤、後藤の証言が検面調書より遥るに後退したものとなつてしまつたことは原判決も認めているところである(一五七頁)。岡藤は、天井は金額の訂正を諒解しただけで作りかえるとは思わなかつたはずだといい、また書類の変更についても、決裁を取れば取れないわけではなかったのに、何故そうしなかつたかと悔やんだといい、さらに、この書類の作りかえが問題になりかけた頃、企業管理者に転じていた天井に「お前まで嵌まるんじゃないか」といわれたとも証言している(第一七回公判)。後藤もまた、天谷の四、〇〇〇万円を契約書に移して欲しいという話は、赤字になるのでは組合員に申し訳ないし説明もできないからということで、税金の話はでなかつたと述べ(第一七回公判)、さらに後日、岡藤同様、農協から坪川や天谷もきていた企業管理者の部屋で、天井から何でも本当のことをいつてくれといわれたと証言しているのであつて(第一八回公判)、これらのことからも、天井が、同人らが真実を述べさえすれば、自分の潔白がはつきりすると信じていたことが看取されるのである。その後藤に対して検察官は慌てて、検面調書をふりかざし巻き返しをはかつているが、前記のごとく実行正犯でありながら逮捕も起訴も勘弁してもらい、専ら検察側の証人として温存されていた同人らに対するかような押付け尋問の結果は、決して有効な証拠とはなりえないのである。

(6) 原判決は、また、岡藤や後藤らの供述が、被告人天井の自白調書に対する裏付証拠となるとも強調している(一三七頁以下、一五六頁)。しかし、それらはすべて天井が屈服させられて自白調書をとられた時期(五一年一一月二七日以降)より以前に作成されたものであつて(岡藤の検面は五一年一一月五日、同一一日、同一四日付で、後藤のそれは同月五日、八日、一一日、一六日、一七日付で作成されている)、天井の自白を裏付ける調書と言うよりも、むしろそうではないと否認している天井に同じ内容を押し付けて否認を自白に逆転させるために利用された押付証拠であるといわなければならない。原判決が最も重視している天井の検面調書の作成日時が五一年一一月二七日、同二九日、同三〇日であり、その内容が両名の調書と同じであるこということは、天井の取調べに当つた倉田検事が、真相をいわぬので追究した結果やつとその頃認めるに至つたと証言していることとともに(第四〇回公判)、それを示すものだといわねばならない。しかし、この押付けは、単に天井に対してだけでなく、天谷にも同様に行なわれていることは、前記の天谷の逆転調書の日付(一一月二七日、同二八日)を見れば明らかである。このように実は自白の押付証拠に過ぎないものを、自白の裏付証拠だという原判決の証拠判断と事実認定の誤りは余りにも甚だしといわざるをえないのである。

第四点 原判決が罪となるべき事実の第三として判示するところも、事実を誤認して被告人を有罪としたものであるから、破棄を免れないものである。

原判決の判示は、被告人天井は、昭和五〇年一月二五日ころ、市農協の天谷に対して「本件土地の処分益合計二億円にのぼる市農協の脱税に関し、福井税務署に対し支払調書の不提出を約することによりその協力幇助をなし、直ちに岡藤、後藤に対しそれに沿つた処理をするような包括的指示を与えていたものである」が、一、同年一月二八日ころ右の指示を受けた後藤からさらに右同様の指示を受けた市公社総務課係長岡崎博臣をして、市公社理事長大武幸夫から福井税務署に提出しなければならない昭和四九年度分不動産などの譲受けの対価の支払調書に、市農協に支払つた本件土地代金は前記偽りの土地売買契約書に記載した二億七、六五七万三、一九二円(埋立補償費名目の四、〇〇〇万円を含む)である旨記載させ、なお、これに関する右岡崎起案にかかる同日付「給与所得等の源泉徴収票合計表の提出について」と題する決裁伺書に被告人天井の決裁印を得させると共に、右内容の支払調書だけを昭和五〇年二月五日福井税務署長に提出させるなどして、柳沢が市農協の昭和四九年度分法人税の確定申告をするのに際して、その所得の一部を秘匿したうえ、虚偽の確定申告書を提出して同年度の法人税を逋脱するのを幇助し、さらに二、昭和五〇年二月一日に支払つた追加一億円についても、天井の前記指示を受けていた後藤から右同様の指示を受けた市公社総務課主幹兼総務係長浜谷喜男をして、右提出期限までに右支払調書を故意に提出させず、柳沢の昭和五〇年同分の市農協法人税の逋税を幇助したというのである。

一、しかし、天井は、天谷が陳情に来たときに、市農協の脱税に関して依頼を受けたことがなく、従つてその脱税を幇助するために支払調書の不提出を約束したこともないのである。このことは、既に第一点、第三点において詳述したところであつて、原判決の右判示が、証拠の判断を誤り、採るべからざる証拠のみに依拠したための事実誤認であることは明らかである。原判決自ら「この点に関する関係証拠は、相互に微妙に相違することが看取されるし、又同一人の供述も捜査段階と公判段階とではある者は大きく、ある者は若千自己矛盾を呈している」(一八二頁)と認めているにもかかわらず、右のような有罪の判示を下すために、様々の無理な論理や証拠の歪曲が行われているのである。しかし、それらはいずれも、(イ)天井、天谷は当初から一貫して陳情の席では税の話は出なかつたと述べていること(尤も前記の押付証拠によつて一時その供述を引込ませられたことはあるが)、(ロ)岡藤も公判廷で同じ供述をしていること、さらに(ハ)天井が岡藤と後藤に与えた指示は単に「できることならそうしてやるように」ということであつたということに照らせば、全然問題にならないのである。「できることなら」とは、法的に可能な方法、手続きがあるならばという意味でしかないことは明らかであつて、当然支払調書に記載すべきものを記載するという意味に受取れないことは余りにも明瞭である。その他、

二、その他の原判決が援用する証拠に関しては、弁護人は、

(1) 原判決が天谷供述について述べている点(一八三頁以下)に対しては、右に第三点の二で述べたところを援用し、同じく、

(2) 原判決が岡藤の供述について述べている点(一九一頁以下)については、右に第一点の三の(5)、および第三点の三で述べたところを、

(3) 後藤に対して述べる点(一九五頁以下)については、同じく第三点の三で述べたところを、

(4) 追加一億円に関して述べる点(一九九頁以下)については、第一点の三でのべたところを、

それぞれ援用する。

三、なお、後藤だけが、公判廷でも、この脱税幇助は天井の指示によるものであると述べていることに対しては、前記のごとく、陳情者の天谷が、始めから税の話は陳情の席では出ておらず、それを終つて財政課から出た所で、別れ際に、後藤の方から、書類を差しかえることになつたら、四、〇〇〇万円だけ支払調書を増しておくといつてくれたと述べていることを指摘する。この天谷供述と、二月五日に市公社から提出された支払調書には、実際、天谷のいうとおりに、本来の売買契約書の金額「二億三六、五七三、一九二円」とある下に「四〇、〇〇〇、〇〇〇円」という数字が書き添えられていて、後藤が天谷にいつた通りの処理がされていることを対照すれば、後藤は、天谷のいうように、天井の指示とは無関係に、そのことを約束し且つ実行したものとしか思われないのである。

以上のことであるから、この点においても原判決の事実誤認は明らかである。

以上のごとくであるから、何卒、原判決を破棄し、被告人天井に対して無罪の御判決を賜りたい。

昭和五八年(う)第二四号

控訴趣意書

被告人 天井定美

右被告人に対する有印公文書偽造等被告事件について、弁護人は左の通り訴訟の趣意を提出する。

昭和五八年六月二四日

右弁護人 前波実

名古屋高等裁判所金沢支部 御中

原判決は被告人に対し起訴状掲記の公訴事実のとおり事実を認定し、被告人に対し懲役一年、二年間刑の執行を猶予する旨の判決を言い渡したが、原判決は著しく事実の認定を誤つており被告人は無罪といわなければならないので無罪の御判決をされたく、以下控訴の理由を陳述する。

第一、原判決の事実誤認の概要

原判決の事実認定の基本は、(1)昭和四九年二月二七日付で福井市土地開発公社と福井市農協の間で締結された土地売買契約書と覚書のいわゆる二本立の契約をなしたのは、脱税目的でなしたもので被告人ら市公社側は福井市農協の右意図を知つておりながら協力したものであること。(2)市公社の本件土地売買は県の土地取得の実質的に幹施業務でないこと。(3)昭和四九年一月二四日付で福井市農協専務理事坪川均が昭和四九年度の福井市予算査定の財政部長査定の席に農協会館建設補助金を更に一億円増額して欲しい旨の増額陳情書を提出したが、右陳情書は売買契約書と覚書との二本立で契約をする土地売買代金凡そ三億八千万円の価格決定を有利に進めるため布石として提出したもので、増額陳情した一億円は三億八千万円の土地代金の内に含まれていて、後日追加された一億円の土地代金は右陳情書とは何ら関係のないこと。(4)右の結果昭和四九年二月五日頃福井市長島田博道の昭和四九年度福井市予算の農林部査定の場において、前記一億円の増額陳情書の扱いについては、右陳情の趣旨を市農協から本件明里土地を坪九万円で購入する総土地代の中に含めることで生かし明里土地代の中で処理ずみ(即ち凡を三億八千万円の価格の中で処理済とのこと)と説明され島田市長もそれを承認したこと。従つて島田市長死亡後の大武幸夫新市長の事務引継ぎも右増額陳情は処理ずみとして何ら引き継ぐ必要もなく引継ぎをなさなかつたこと。(5)福井市土地開発公社と福井市農協の間に本件明里土地が売買契約書と覚書の二本立て契約で三億七六五七万三一九二円で締結された後、昭和四九年九月二四日福井県総務部長豊住章三、市公社理事長大武幸夫の共同作成名義で取交わされた覚書(豊住覚書)で今後支払予定の一億円と記載されその結果市公社から農協に支払つたいわゆる追加一億円は原因不明な政治的加算金であり市農協会館建設補助金増額陳情の一億円とは関係のないこと。

の諸事実を前提とし、右認定事実を基礎として天谷依頼に応じて被告人は公文書偽造を承認し、或いは市農協の脱税の幇助をなしたものであると認定するに至つたのである。

然しながら右の事実認定は主として捜査当時の関係人の検察官に対する供述調書に基くものであり、原審法廷で弁護人側から提出された客観的証拠資料をゆがめて評価し或いは無視し、また法廷で取調べた証人の証言を無視したため著しい事実誤認をもたらす結果を生じたものである。そして右前提事実の事実認定が一つでも否定されるならば本件公訴事実の事実認定は全体として根底より覆がえされざるをえない重要事実であると思料する。そこで本控訴趣意では原判決の右前提事実の事実認定の明白な誤りについて指摘するものである。

第二、 原判決事実誤認の詳細について

第一点、 先づ契約書と覚書の二本立契約をなしたことについて原判決は「同年一月二二日ころ、坪川は常務理事間で決めた右売買予定価格を市公社に認めさせるとともに右譲渡差益相当分一億円については、全額農協会館建設費に充てることを考え、その方法としては売買代金の内から右一億円を控除して裏金とし、売買契約書とは別途に右一億円につき本来的には所定の手続きをとることによつて始めて非課税扱いとされる補助金名目で支払を受けとるという仮装内容の覚書を締結してその分を脱税することを企て」(判決書一七頁)、福井市農協は昭和四九年一月下旬ころ、「そのころ坂本が市公社に打診してみたところ、市公社の性質上助成金などは支給できないとの理由で一展され、やむなく一挙に前記の両課題を解決すべく坂本から市公社との契約方式は被告人組合が旧地主に支払つた土地代金および旧地主が移転登記までに負担した税相当分の合計額のみを売買代金として土地売買契約書に計上し、譲渡差益相当分およびその他の費用は農協会館建設補助金名目にしてあたかも補助金であるかのように仮装して別途覚書に記載、計上するという二本立てにして、これによつて覚書記載分の土地代金を公表上土地代金から除外する方式で脱税することが提案された」(二二頁)として二本立ての契約が脱税目的のためと認定した。

然し二本立ての契約をした理由は被告人天井を初め市の関係者は市農協の内部事情との説明を信頼し、しかも過去に地主の都合で土地売買契約が二本立て或いは三本立てということも珍しくなかつたため市農協の要請に応じたもので、若し被告人天井において福井市の幹部職員たる公務員の立場を放撤してまで脱税目的の二本立て契約を承認したとするためには動機がなければならないが、被告人天井始め市公社関係者には違法なことを行わなければならない動機は証拠上何ら表れていないものである。

一方二本立てを要請した福井市農協側の事情は、本件明里用地を市農協会館建設敷地としてという使用目的で農協組合員から凡そ二億四千万円(費用を含む)で購入しておきながら、会館用地として使用せず他に高価に売却して市農協が儲けたといわれては組合感情が納得しないと専ら組合員対策のため、売買代金のうち一億四千万円を覚書に計上しようとしたものである。現に本件土地を市農協に売却した組合員の一人でもある永田彌作なるものが、農協の会館敷地の目的で売却したものが、市農協が他に売却したことは同人が市農協に売却した趣旨に反するとして訴訟に至つた事実からも、市農協は土地を売却した組合員の不満が生じることを極度に恐れていたことが認められるのである。

原判決認定の如く脱税目的で二本立てとしたものであるとみるには経験則上到底納得しえない点が多い。第一に脱税の目的であるならば覚書には一億円を計上すべきで一億四千万円をあげる必要はない。「天谷メモ」によれば本件土地の取得に要した費用は土地購入代金二億一、九四七万四、九五四円、税相当分二、一九四万七、五〇〇円、借入金利子四、四六三万九、二九五円購入に要した費用一〇〇万円、登記料二〇八万一、五〇〇円、不動産取得税一四七万九、三三〇円、水道負担金六七万七、五八一円で右の総合計は二億九、一三〇万九、六六〇円になるから、経費を含んだ右取得価格は当然対象にならないものであるから脱税目的であるならば覚書には売買代金と右取得費二億九千万円余りの差額のみを計上すれば足りる筈である。それを覚書には売買代金約三億八千万円と直接の組合員から取得額凡そ二億四千万円との差額の一億四千万円を計上したものは、まさしく市農協側が脱税を目的としたものでなく組合員対策のため儲けたといわれないため売買契約書には直接の取得額だけ計上しておきたかつた意図を明らかに示すものである。

また覚書の一億四千万円を秘匿して脱税をしようとするためには、覚書の存在自体を表に出さず隠匿してしまわなければ目的を達しないことになるが、市公社には決裁伺書にも二本立ての契約書、覚書が添付され、2本立ての書類がそのまゝ保管されてきた事実に徹するとき、脱税目的のためと認めることは誠に常識に反し、この点の原判決の事実認定は容認できない。

第二点、原判決認定の前提事実第二の被告人天井が本件土地売買を市農協と福井県との実質的に斡旋業務をなしたと考えていたかどうかについて原判決は二〇四頁から二一〇頁にかけてるる説示をなして市公社は斡旋者ではなくて市農協との直接の売買当事者であると認定しているのであるが、その理由とするところは、「単なる斡旋であれば、少なくとも右契約上の所有権移転登記は市農協より県に対しなされるのが筋合であると考えられるのに、実際は同年三月五日市に対しなされていること」とか県との折衝の間「その間黙示的にもせよ、県から市公社に対し農協との明里団地買収の代理、代行を委任した事実はもとより買収の斡旋、媒介を委託したこともなく」従つて「形式的に勿論、実体的にも市公社は明里用地に関し市農協、県とのいずれの売買契約についてもれつきとした契約当事者であつて、単なる斡旋者と目すべき余地は全く存しない」と断定している。しかし右認定は外形をとらえた形式的認定で被告人天井が主観的にも実質的にも市農協の土地を県が購入することの橋渡しをしたもの、即ち、斡旋業務をしたものと考えていたという被告人天井の主張に対する答えにはなつていない。

本件土地売買は形式的には、市農協から市公社が購入し、市公社が福井県に売買するようになつているが実質的にはそれは市農協が日頃世話になつている福井市にしか売りたくないとの事情があつたためであつて、県の行政目的のために必要な土地を市公社が取得してやる、即ち売買を斡旋してやるとの認識であつた(尤も県の観光物産センターが福井市に立地することは市の利益にも行政目的にも合致するものであつた)。常識的にみても市公社が独自に購入し県に独自に売却するものであるならば利益はともかくとして少くとも事務経費を売買金額に上積みすると考えられるが、市公社は市農協に支払う金額は全て福井県に負担させ、或いは福井県から支払いを受けた金額は全てそのまゝ市農協に渡されていることからしても市公社の考え方が県のための斡旋業務と考えていたことが認められるのである。

このことは証拠によるも昭和四九年二月二七日に取り交わされた市農協との土地売買契約書第一条に「甲は福井県の依頼により、福井県物産観光センターならびに中小企業センター建設のため」と記載して取得目的が県の依頼により県の行政目的のために購入するものであると明記して斡旋であることの実質を示しており、昭和五〇年一月二三日開催の市公社第五回理事会の議事録に被告人の発言として表明されている「局長の方から間違つて報告しているわけではありませんが、県へ一億円高く売るんだというような発言があつたと思います。しかしそういう意味ではございませんのでご理解願いたいと思います。全く公社は斡旋業務をしたということで、一億円高く処理しているということではありませんのでこの点だけはひとつご了承いただきたいと思います」との言葉にも被告人天井は本件売買は実質的には斡旋業務であるとの認識であつたことを認めるに充分である。

この点の原判決の事実認定の誤りは明らかでありこの事実誤認は、罪となるべき事実の被告人天井の故意の認定に影響を及ぼすものである。

第三点、次に前提事実の事実誤認の最たるものは凡そ三億八千万円の売買代金の内に市農協坪川専務の昭和四九年一月二三日付農協会館建設補助金の一億円増額されたい旨の陳情書の一億円が含まれていると認定した点である。この点の認定の如何によつて後日追加された一億円の土地代金の性質がどのようなものであつたかの判断の差を生じ、或いは捜査当時の各関係者の検察官調書の信用性に大きく影響を及ぼす重要な事実である。

(1) この点につき原判決は「坪川は常務理事間で決めた右売買予定額を市公社に認めさせるとともに右譲渡差益相当分一億円については、全額農協会館建設費に充てることを考え、(中略)今後右のような二本立ての契約交渉を側面から円滑かつ有利に進めるための布石として福井市長宛の農協会館建設補助金一億円の増額陳情書を提出することを思いつき」同年一月二三日付陳情書を作成したものと認定し(判決書一七、一八頁)、「助成金の増額陳情書を提出した坪川の真意も、これによつてあわよくば文字どおり正式の助成金を獲得しようというのでなく、市を相手とする具体的な売買交渉の場において、側面から一億円の譲渡差益を上積みした額で売買代金が決着を見るよう、また、そのうえ上積み分の脱税を図るため、二本立て方式の契約を締結するのに都合がよいようにと計らつておくための一つの根回し工作であるという点にあつたものである」(同二〇頁)とし、一方被告人天井は「同年二月五日ころ、福井市における昭和四九年度当初予算中、農林部関係予算に対する市長査定の場において、近藤重功農林部長が、前記同年一月二三日付の坪川提出の助成金増額陳情書を示したうえ、市農協に対し昭和四九年度において更に一億円補助金を増額して交付されたい旨述べたところ、島田市長は昨年度に一億円の助成をしたことを理由に難色を示したところ、同年一月二四日ころ、右市長査定に先立つて行なわれた財政部長査定の際、近藤から右陳情書のことを聞かされ、右陳情の趣旨を市農協から本件土地を坪九万円で購入する総土地代の中に含めることで生かし、具体的には農協会館建設資金に充当される覚書分の中で賄つて処理してやれば十分であると考えていた被告人天井から、島田市長に対し、この件は明里の土地代の中で処理解決ずみであるという趣旨の説明が付陳され、市農協との契約に関する具体的経緯などについて知悉していなかつたため右説明を十分理解し得なかつた島田市長は、うんうんとうなずいた程度にとどまり、それ以上突つ込んだ議論に発展しないまま右陳情の件はこの場で採択されなかつた」(同二八、二九頁)と認定したが、右認定は論理的にも不合理であり客観的な証拠とも反する全く恣意的判断というべきである。

(2) 先づ既に指摘したとおり増額陳情の一億円を覚書の中に譲渡差益金として含めたというならば覚書の金額は一億円としなければならず、一億四千万円とした理由は何ら合理的に説明することはできない。覚書の一億四千万円は譲渡差益金とは関係なく市農協が組合員対策のため本件土地の取得費二億四千万円を売買契約書に売買代金として計上した結果、売買価格凡そ三億八千万円の差額金を覚書に計上したため生じた金額に過ぎなかつたことは既に主張したとおりである。

(3) しかも本件土地の売買価格が市農協と市公社との売買交渉以前から坪当り九万円と評価され予算計上されていたことは証拠上歴然としている。福井県商工労働部中小企業課の昭和四九年度歳入歳出予算説明書(領第四三七号符一一五号の二)によれば土地取得費として坪当り九万円、五千坪で四億五千万円と予算要求されており、厚生部婦人児童課の同年度予算要求説明書(領前同符一一六号)によつても福井市明里町の土地五、一六二坪を四億六千万円余で購入したい旨、即ち坪当り九万円の単価が予算要求されており、右予算要求の時期からして昭和四八年中には坪当り九万円という単価が明確に示されており、福井県管財課の昭和四九年度二月補正の予算要求説明書(領前同符一一七号、一二一号)に物産観光センター建設用地取得費として四億一千七百万円と明記されているという事実をみれば坪当り九万円で最終的に三億八千万円というのが売買価格であり、何も原判決が認定する如く側面から右価格を実現させるべく坪川が増額陳情を作為的に提出する必要は豪もなかつたのである。

(4) 原判決が無視している事実としては市農協の会館建設補助金の増額陳情は昭和四九年一月二三日付の陳情書が出される以前に昭和四八年一一月二四日に既に陳情がなされており、右の陳情書が数額や根拠を明示されて具体化されて昭和四九年度の福井市予算査定に間に合うよう坪川の四九年一月二三日付陳情書が提出されたという経過である。

市農協は昭和四八年一一月二四日「本所建設に伴う補助金の増額について」と題して「本所建設に係る補助金一億円については既に議会の決議を戴いておりますが、現今の激変する経済情勢による建設資材の高騰にかんがみ、之が補助金の増額をお願いします」と金額を示さない増額陳情書(領四三七号符八九号)を提出しており、之が延長として福井市予算に更に一億円補助金を増額して計上して貰いたい趣旨で昭和四九年一月二四日の財政部長としての被告人天井の農林部関係予算査定に坪川の陳情書が提出されたものである。この経過を見れば坪川陳情書が本件土地の売買契約における譲渡差益金の一億円を側面から有利に進めるための布石としてなされたものなどは到底考えられないところであり、原判決の認定は余りにも誤認が甚だしいものがある。

(5) 更に問題なのは、若し原判決の認定の如く陳情の一億円が二本立て契約の覚書の一億四千万円の中で処理済みであつたものと考えていたならば、被告人天井が右増額陳情書の取り扱いを財政部長査定では処理できないものとして昭和四九年二月五日に行われた島田市長の市長査定に持ちあげたり、継続案件として繰り越され、新市長の大武幸夫市長の事務引継の対象となつたりすることのある筈がないことは理の当然といわねばならない。

即ち昭和四九年一月二四日の財政部長査定の席上持ち出された市農協の会館建設補助金の一億円増額陳情については、被告人天井は既に昭和四八年度予算で一億円の補助金が正式に認められており、更に補助金を一億円交付することは困難と考え、財政部長査定では結論が出せないと考えて市長査定にはかり市長の裁断を仰ごうと考えたものである。若し原判決認定の如く被告人天井が右陳情の一億円は二本立ての覚書の中で処理済と判断していたならば財政部長査定の段階で却下した筈であり、わざわざ市長査定に持ちあげる必要はないこともまた論をまたないところである。

(6) 右陳情書は昭和四九年二月五日の市長査定ではかられたが、その席で一億円の増額陳情に対する処理は未解決となり、被告人天井の発言などもあつて島田市長は福井市農協から購入する本件土地を福井県に売却斡旋する土地代金の中の補助金若くは補助金相当分を出せないかを研究することとなり問題は後日に持ち越された。

この事実を裏付ける物証としてのいわゆる栃川メモ(領第四三七号符一二〇号)によれば「約束の分一億円について各年に一千万円、四八年度は未執行か、開発公社の土地買収の中で助成」と記載されており、若し処理済であるならば土地買収の中で解決済、若くは助成済と記載された筈である。また小島メモ(領前同符一六六号)には「八億円に変更の予定、一億補助を倍額にしてほしい(一〇年分割)、増額について研究」と記載されていて未解決となつたことが明白である。人の供述よりも偽りを述べない右物証の存在は何よりも雄弁に右の事実を述べているといえよう。

(7) その後昭和四九年三月二四日島田市長の急死により新市長大武幸夫が誕生し、新市長に対する事務引継が同年五月一五日行われたが、公文書たる市長事務引継書(領前同符一六三号)によれば農林部農政課の引継案件として「農協会館の建設、福井市農協会館建設に伴い諸物価の高騰による補助金(債務負担額)の増額」と記載され、右事務引継に立会いし職務上作成した公文書にも準ずる収入役小島龍美の小島メモは「物価高騰による八億四千万円必要、市補助一億円と更に農協の土地買収の中で更に一億円、即ち二億円を補助することになる」と記載されており、大武市長の事務引継書メモ(領前同符一一号)にも「二億円、土地代一億円」と記載されていて、一億円増額陳情書の取り扱いが未解決であつたから新市長の事務引継の対象となり、その説明として本件土地の買収の中で更に一億円補助するかどうかが検討問題となつていることが優に認められるのである。更に昭和四九年一〇月一日前農林部長近藤重功が新農林部長宮本信一に交代したことによる事務引継書(領前同符九一号)によれば引継事項第二として「福井市農協会館建設補助金一億円の増額陳情について、昭和四五年の福井市農協合併に際して福井市長島田博道と農協合併対策委員長山田等が交換した「育成に関する覚書」に記載されている農協会館建設補助は事業費の三分の一である。従つて四八年基準事業費三億五八六八万円の約三分の一の一億円の補助額を決定し、一〇年間の債務負担とした。ところがその後諸物価の高騰等によって事業費八億六五〇〇万円を要することになつた(五〇年三月完成予定)。このため四九年一月二四日付農陳一七二号によつて更に補助金一億円の増額要請があつた。これに対し財政当局も必要性は認めながらも具体的万策については未解決となつている」と記載され昭和四九年一〇月一日現在でも陳情の一億円が解決済となつていなかつたことが明らかで、それ故にこそ事務引継ぎの対象となつて申し送られているのである。このような偽りを述べない明確な物証の価値を原判決は甚だしくゆがめ無視し去つていることは採証の法則に著しく反するものである。これらの証拠を無視し去つた結果原判決は不当にも被告人天井の人柄を悪評価して「市農協とし契約に関する具体的経緯などについて知悉していなかつたため右説明を十分理解し得なかつた島田市長」(判決書二九頁)を欺いたとか、大武新市長に対し「大武が本件土地をめぐる市農協、市(市公社)および県の複雑な思惑と背景事情や一億円を追加支払することが合意されるに至つたこれまでの経緯についてほとんど理解できていないことを奇貨とし」(同四八頁)不得要領のまゝ決才させたとか、まさに被告人天井は市農協の走狗としかいゝえないような図式を作りあげていつたのである。

若し前記証拠を虚心坦懐に正当に判断するならば原判決の如く増額陳情書の一億円は覚書の中で処理済であり、ひいては追加一億円の支払いは性格不明な政治的加算金であるというような大きな事実誤認を犯すことはなかつたであろうし、本件の全体像を誤ることもなかつたであろうと確信するものである。

第四点、原判決の重大な事実誤認として指摘しなければならないのは、追加一億円が原因不明の政治的加算金であると認定したことである。

(1) 原判決は「そもそも被告人天井が覚書分の残り一億円の脱税協力方について天谷の依頼を拒絶する理由に乏しかつた事由については四の2の(二)で述べたところと同断であり、追加一億円についても、それは被告人天井と柳沢らが画策して捻出することに成功した政治的加算金以外の何物でもなく、市長、筑田透常務理事はもとより、岡藤、後藤、岡崎ら事務幹部職員に至るまでその金員の性格や支出の必要性などについて十分な理解が出来ず(中略)、同被告人としては右一億円は前記政治的加算金であり、二本立て契約による覚書分同様、柳沢らが裏金として処理することは十分推知していたので追加一億円の脱税協力方についての天谷の依頼を拒絶する理由などさらさらなかつたわけであり、全く難色を示すことなく全面的に天谷の依頼に応じたのには、方にその下地として充分な経緯と事情があつたらばこそといえるのである」(判決書一九九頁乃至二〇一頁)と推論し「以上の諸点を総合して考察すれば、追加一億円は被告人天井と柳沢、坪川との共謀による昭和四九年二月二七日付売買契約で定められた売買代金に対する一種の政治的加算金にほかならず、被告人天井のこれに反する主張はすべて理由がない」(同二二一頁)と断定しているのであるが、右の如き誤つた認定に至つた理由としては先に述べた如く、坪川の増額陳情書の一億円が土地売買契約の中で既に処理されており、右一億円は今後の土地売買代金の中で処理することを研究し検討する旨の引継ぎはなかつたと認定したため、追加一億円の根拠原因がないものとして性格不明な政治的加算金であるといわざるをえなくなつたものである。

(2) 然し一億円の農協会館建設補助金の増額陳情の事務引継をなしたことは先に指摘した証拠書類で明白であり、事務引継をしたということは右一億円の補助金増額陳情は未解決であるが、島田前市長の時に本件土地代金の中で一億円を解決するように方針が決つたということ、従つて右の経過を大武新市長に引継ぎ説明をしたということが自然の理である。そこで被告人天井は本件土地の売買が実質的には福井県の土地取得について市公社が斡旋するものとして理解していたから市公社は福井県が本件土地を高く買つてくれればその果実をそのまゝ市農協に引渡せば済むものと考えていたのである。

(3) その結果市公社は県に対し、市農協が会館建設資金の補助として更に一億円要求しているので土地代金を市公社が契約した凡そ三億八千万円に一億円上積みした四億八千万円で取得するよう要請したのである。これは坪川の提出した一億円の増額陳情書の処理について島田前市長が本件土地の中で処理するよう方針決定がなされていたことに起因するものである。

この裏付けになるものとして被告人天井が捜査期間の終期になつてその存在を思い出した書類が昭和四九年九月二四日付で福井県総務部長豊住章三と市公社との間に取交した覚書の第一次原案(領第四三七号符一六七号)であつたのである。この覚書原案第二条には「福井市農業協同組合に支払つた価額三八一、四二二、四五四円および乙が同組合会館建設補助金として支出予定の一億円を加算したものとする」と表現されており、追加一億円は市農協の会館建設補助金として支払うものとの考えが示されていて市農協の一億円の補助金増額陳情書の分が土地代金の処理すべく形を変えて組み込まれていることが認められるのである。右覚書原案は最終的には豊住県総務部長の意見によつて適正な土地代金の一部であるとして「今後支払予定の一億円」と単純に表現し直されたが、市公社側、少くとも被告人天井が追加一億円は県の対応をまつて市農協の要求している会館建設補助金として市農協に支払う考えでいたことは否定のしえない事実経過である。

(4) 原判決は右の客観的誠拠にすらゆがんだ見方をなし「右認定事実および右認定に供した証拠を含む関係各証拠によれば(弁)38は被告人天井にとつて有利な証拠資料ではなく、かえつて不利なものといわざるを得ないこと、昭和四五年一月二七日付合併契約書を盾に取つた市農協の要求を受けた被告人天井が無批判にこれを受け容れ、高村らにそのままぶつけ、売買代金の上乗せに成功したが、市公社が市農協に一億円を追加支払する名目に窮したので、昭和四九年九月二七日付覚書中の「農協会館の建設資金」という表現に擬し(昭和四九年二月二七日付覚書の誤りか-論者註)、亡島田市長が既にその交付を不可と決定している農協会館建設補助金なる名目を付けて追加一億円の性格を粉飾しようと図つたが、専門行政官たる豊住にチェックされ、その企図があえなくも潰えたことが明らかであること」(判決書二一八頁、二一九頁)と全く物事を素直に自然に理解しようとはせず、どうしてでも有罪にするのだという前提で片はな不合理な評価をしているのには驚きを禁じえないものがある。被告人天井が自分の不利な証拠を捜査中に必死になつて探し出す筈もなく、これを領置した取調検事が「こんなもの、今ごろ出てきては事件になりませんわ」と述懐したのも、右覚書原案の存在によつて坪川の提出した一億円の増額陳情書の処理が形を変えて右覚書に現われていることを被告人天井も取調検事も認識したからに他ならず、右証拠は右の経緯を雄弁に物語るものといわなければならず、追加一億円が正体不明な政治的加算金と評すべきものでないことは明白である。

以上の如く原判決の事実認定は独断かつ悪意に満ちたもので到底公平な事実認定とはいえない個所が余りにも多い。

本弁護人が指摘した事実認定の誤りが本件全体の証拠評価の誤り事実判断の誤りに結びついており、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかなので本控訴に及ぶ次第である。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例